32話
ぼくは部活の帰りに一番星を見つけると、星に祈る。
もう何年も感じたことがなかった栄光が、その時だけ去来してきた。この瞬間が何時間も続けばいいのになあとぼくは思った。この瞬間を表す言葉を知らず、この感動を形にして残したいと、ぼくはふと思った。
この星の輝きを、何かように固めて、残しておきたい。それをやってみたいと、なんとなくぼくは思った。
ところが。
* * *
ぼくは、父の仕事について、正直よく知らなかった。
その頃の父は忙しい会社の仕事にいつも追われていて、いつも疲れた顔をしていた。大抵は自室で会社の宿題をパソコンで片づけているか、寝ているかのどちらかだ。休みの日などずっと部屋のパソコンに張り付いていた。それを見て、ぼくは、きっとサラリーマンにはなるまい、と心に決めた。父はやることをやっていないいないとさえぼくは思っていた。今思えば、それはだいぶ間違っていたのだが。
ぼくはカヌーを漕ぐことに家族の支持があれば、もっと強くなれるかもしれないと思った。しかし父も母も妹も、スポーツなどには興味はない。自分がこれだけ熱中しているのだから、家族もそれなりに理解があってくれてもいいんじゃないか。こう書いてみてもわがままなことばかり自分は言っている。もっとはっきりと言えば、ぼくは自分の利益しか勘定に入れていなかった。いつも自分の都合、相手の都合は二の次、そういう思考回路だ。
そんなぼくのカヌーは、ぶつけすぎたせいで穴が開いているから、穴から水が入って、とてもまともには漕げない。フォームはひどい。こんな実力で、どうやって推薦入学を狙えるというのだろう。自分でもわからないことに、何とかなると思った。
要は、馬鹿なのだ。
それからぼくは家族と衝突するようになった。ぼくが怒りだす理由はいつも、取るに足らない、本当にくだらない理由からだ。
《先生》が僕達の横着を叱りつけるように、僕も家族のなんてこともない点を見つけてはそのことで腹を立てた。こんなことでどうしてスポーツをやる資格があるというのだろう?
しかしそんな日の翌日も、ぼくは普通に学校に行き、普通に部活に出た。父は早朝にはしょぼしょぼと会社逃げてしまい、母は可哀そうだった。
特に最悪なのが、《先生》にそのことを尋ねられると、それを嘘で返すこと。《先生》は追及しなかったが、要は、ぼくは《先生》が怖かったのだ。
* * *
それから更にぼくの行動はエスカレートしていって高校の門が開いていない朝早く、校内に忍び込んで、カヌーを練習のために出した。
朝は静かでいい。車の通りがないから。野島へカヌーをもっていく移動中に、誰かの車の窓ガラスに傷を間違ってつけてしまう心配もない。
ぼくは野島公園のホームレスとも仲良くなった。ふざけた朝練、命を危険にさらす行為。ある日、部室に戻ると、《先生》は気も狂わんばかりに怒った。そりゃあ当然だ。ある日、部活を見に来たかと思うと、強い剣幕で、ぼくを呼んだ。
その時にはもう「殴られるな」と、すっかり理解していた。恐る恐る《先生》に近寄ると、まず頬をぶっ叩かれて、パドルで頭をぶちのめされた。二、三発。
パドルが折れて、使いものにならなくなった。滅多にない怒りっぷりだった。そして説教が始まった。その場にいた部員全員が、連帯責任を取らされ、殴られた。それは説教というより、ただの罵詈雑言に近かった。