30話
ぼくは時どき、うちのフクを殺してやりたくなることがあった。(大体はヒマなプールの仕事中のことだが。フクはいつも楽そうにしていた。それはいいのだが、ぼくはプールサイドで寝転がっているフクを見ると、仕事を探そうとしない彼がどうも許せなくなるのだった。)
細かい仕事ならいくらでもあったのだ。花に水をやったり、モップでプールの床をこすったり……。そこが無性にイラっと来た。
今よく考えると、他人に自分の物差しを押し付けて、腹を立てるのは当時の自分の欠点だった。でもそういうところは、誰にでもあると思う。ところで、ぼくはそんなフクとコンビを組まされることが多かった。
《先生》は昔オリンピックで金を取ったアメリカのボートのチームのことをいつしか話してくれた。何でもそのボートのチームは全員別々の職業で、練習の時以外は話しすらしない。
帰宅も別々。
チームワークのかけらもない連中だったそうだが、それでも金を取った(昔見たアメリカの映画に、こういう寄せ集めの連中が出てくる戦争映画があった気がするが、何だったっけ?)そうだ。
メンバーは練習が終わると、このまま一緒に帰るのも嫌だから、乗っているボートからドボンと飛び込んでしまう。
☆
それから、ぼくとフクが臨んだ松戸市のシーカヤックの大会で、荒っぽいフクの操縦に腹を立てたぼくがフクをパドルで殴りつけ、気づいたら前と後ろの接着部分の金具が外れて、一台だったシーカヤックが、いつの間にか二台に分かれていた、ということがあった。
何をやらせてもそんな具合だ。
秋になり、川の温度も下がった。僕は冷たい川の水に凍えそうになりながら、毎日練習した。野島の川をただ練習するだけの場としか、ぼくは考えていない節があった。
カヌー部のやり方に異を唱えるのは、いつも自分の仕事だった。ぼくは授業が終わってから部室に来ると、すぐ着替え、そして出て行った。
仲間とロクに会話もしないこともあった。暇があれば山に走り込みに行き、体が温まるとカヌーを出した。でもぼくは負けたしそこから得たものも何もない。川に一番密接して過ごしていたが、ぼくは水面の動きを眺めて、一日を仲間と過ごす権利が今だけにあることを、将来にはそんな日々はもうおそらく訪れないのだということを、まだ、知らなかった。




