29話
それからまたしても雨がふり、その日は海の家も、プールでの作業もなかった。合宿所の内側から、しとしとと雨が表の戸を叩くのを聴くのはいかにも風流、雨が辺りの音を消してしまうので雨音をのぞけば、はじつに静かだ。
こういっちゃっては何だが《先生》は、ハッキリ言って、台風以上に騒々しい。《先生》がいない久しぶりの時間、ぼくたちはまったり、中で漫画を読みながら過ごした。嫌がる西に無理を言って読ませてもらった《ナルト》の初期の方をぼくは読んでいた。
懐かしい。
ジャンプ連載の方では二部が始まったばかり。雨は次第に激しくなり、その内、雷が聴こえだした。
嵐と共に、しばらくすると《先生》がトラックでやって来た。
ぼく達に見せたいものがある、先生はそう言って太平と幸平をトラックで拉致ると、ぼくらを残してどこかへ行ってしまった。
――「あいつら、どこに向かったんだろ?」
ぼくは言ったが、誰も知るものがなかった。一人くらい見当のついている人間がいたかもしれないが、だれも答えようともしない。しばらくすると、威勢が、皆に戻ってきた。
里中センパイがすぐ思い出したように言った。「先生の家だべ?一度連れていかれたことがあるよ。トロフィー置き場を見たっけな」
――「そんなのが、あるんすね」
《先生》の居ない合宿所はやはり平和な空間だった。暇つぶしにぼくはラルゴを漕ぎ始めた。
――「ねえ、《先生》って、オリンピックにホントに出たの?」尾瀬が言った。
――「らしい」里中が返す。
――「勝ったんですか?」
――「だべ?」
それから一時間ほど帰りを待ったが、幸平たちは中々戻ってこなかった。部屋のものはついさっき整理したので、もういつ戻ってきてもいい状態だ。隙を見て、錦が近くのコンビニまで出かけるとそれから言い出した。北島と《コナン》も一緒に行くと言った。
台所では尾瀬と里中センパイが夕食の準備をしている。ホテルからのもらい物はないから、野菜を切って今日の夕食に豚汁を作っていた。塩味のやたら効いた、血圧がだいぶ気になりそうな味付けだった。
それから、ガン、ガン、と二度、誰かが合宿所の戸を叩く音がしたが、その叩き方が微妙に《先生》とは違うので、一瞬、皆が誰だろう? という感じの顔をした
――「お前ら、いいか」入ってきたのは《先生》ではなく、OBの杉田さんだった。「入るぞ」
――「うおっ、《先生》かと思ったあ……」里中センパイが言った。寿命が半分縮んだような声。「杉田さんか」
――「いや、違うちがう、オレオレ。オレだってばよ」杉田さんは笑いながら朗らかに言った。「どうして間違えるんだよ。それよかここに《先生》はいないの?」
――「ついさっき、どっか行きましたよ」
――「皆、どうしてそんな先生を怖がるんだよ。ま、オレも怖いけどさ」
――「そりゃだってさ……、日野なんか警棒でやられまくってるもんな、な?」
――「むちゃ痛いっす」ラルゴを軽く漕ぎながら、僕は答えた。「毎日ですよ」
――「警棒ってあの折られた折られた言ってるやつか。あれも年代もんだからなあ……。でもオレらのときよりマシだろ。釣り竿とか石でやられた訳じゃないんだから……」
それから、嵐が少し収まり、小康状態になった頃、《先生》たちは資材を持って帰ってきた。