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習作時代  作者: 中川 篤
青春の終わり
27/45

26話


 部活に入って二年目、八月にも合宿があった。

 今度は三崎口の《先生》の貸家と海とをに行き来する日々で、そこは三崎口駅から徒歩で、十分から二十分ぐらいの所、あの辺りには本当に何一つない。かなりの田舎だ。

 その家での合宿は、三浦海岸とはまた違う(おもむき)があった。庭が広くって、部屋も大きかったが、自身の周囲はきれいに保つようにとビシビシ指示が飛んだ。布団の畳み方や仕舞い方なんかで拳固(げんこ)が飛び、ここでも《先生》はやはりとにかく厳しい。

 おかげで室内はいつもよく片付けられていて、風通りが良く、窓を開けた部屋の日陰で涼んでいると、心地のいい風が吹き込んで来るのだ。しかし、その家には泊ったのはそこに通ったほんの回数。それほど多くはなく、たったの数晩だけだ。



 家の中には《先生》子飼いのアスリートが一人、寝起きしていたが、僕達と入れ違いに姿を見せなくなってしまった。スラロームの競技とその競技者一人ひとりの特徴(とくちょう)を、素人のぼくたちにわかりやすく解説してくれたのを覚えている。しかしいかんせん、つき合いの時間が短かったので、あまり記憶には残ってない。



 部屋のなかにはまた、カヤック用のラルゴが置いてあった。カヌーを陸上で練習するための機械、ラルゴメーターのことだ。この機械を初めて見たとき、ぼくは、おおーッ、となったのを覚えている。何せラルゴはマシン、「高度な」道具なのだ。


 翌日の朝、ぼくたちは再び家じゅうを掃除させられ、ごみを埋める穴を掘らされた。三崎口のあたりでは、いまだに庭先にごみを埋めて処分する家があるのだろうか。

 それから埋められるものはそこに埋めて、ぼくらはトラックに、乗り切れないものは自転車に、それぞれ乗り込んだ。



 ぼくたちを乗せたトラックと自転車は、またしても昨年と同じ、三浦海岸の山の上にあるプールにいた。《先生》は少し張り切っていた。フクダさんや先輩のOBが数名集まり、がやがやとにぎやかな音を立てていた。

 ここで《先生》がカヌーのスクール教室を起こしたらしいようなのだ。OBの中から数名、ホテルマンの業務を兼ねながらその仕事についていた。ホテルの事業のひとつらしい。

 再び始まった三浦海岸での合宿のはじめは、プールに溜まったヘドロを取り除くことから始まった。が、僕はその日の翌日、かなり寝過ごしてしまい、ヘドロ取りの作業に加わることができなかった。文句たらたらで他の部員から聞かされたところによると、ヘドロ取りは相当きつい仕事だったそう。ここの設備を作るまでは、練習もできなかった。

 その翌日、モップを使って、そのプールをくまなく磨いた。プールが空になると、そこはまるでポカリスエットのCMだ。しかも、ぼくたちは午前の休みにそこでサッカーをやった。サッカーは幸平や平が上手かった。彼らはパス・リフティングを落とさずに続けることができる特技を持っていた。


 磨いていると、《先生》は何やら役者の話をしていた。盗み聴きしたいくつかの意見によれば、ぼくはどうやら役者向きに出来ているとの事。

 あんな役をやらせたらいいんじゃないか、と言っていたが、その「あんな」がどんな役柄のことを指していたのかは覚えていないし、聞いていない。(黙々とぼくがプールの床を磨いているところを見て、そう思ったらしいのだが、まあ、大体は見当がつく。)

《先生》の傍では、OBの杉田さんが《先生》と何やら談笑していた。カヤックのフォアで全日本を取ったこともある人だ。



 その作業中、《先生》はもう一つあった子ども用の小さなプールで、何やら別の作業を始めていた。ドリルを使って金属片に(あな)をあける音がし、部員の内、二名ほどがそちらの方に回された。つまりうちの福田とこのぼくだ。プールを大分磨き終えると、全員そこらで休息を取った。そこで今度はPK戦を行なった。三時半だった。

――「こっちに来い!」

 いきなり《先生》の怒号が飛んだ。

 それでぼくたちは小さい方のプールに集まった。プールの中にはいま作ったばかりの鉄の骨組みが設置されていた。それから再びプールを磨き、片付けが始まった。辺りはすでに五時になっていた。

 陽が落ちて、ほんのり汗をかき、プールのある山を下山する。空には天の川が見え、仲間の部員と星など見ながら、三浦海岸の合宿所に向かった。その頃は何かあると皆歌を皆歌っていて、その時は、


――見えないものを見ようとして、望遠鏡を覗き込んだ……


と、バンプの「天体観測」を歌っていたように思う。威勢のよい、張りのある歌声で、バンプが夜の畑に響く。


 





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