16話
同室の小笠原さんは体育館でたばこを吸うひとで、そしてとてもバスケが上手かった。頭にはヘッドギアをはめており、小笠原さんの発作が激しいことをそれは証明していた。
ぼくはそんな小笠原さんからバッシュを盗ったことがある。盗っだというより、ちょっとした戯れだった。けれど小笠原さんは全力で追ってくるので、ぼくも散歩先の病院のヘリポートのなかを、小笠原さんからひたすら走って逃げた。ところが小笠原さんは走るのが速く、
――「おい、待てよっ!」と、しかも全力だ。
草むらの上を、もぐらのつくったうねの上を、ぼくは駆ける。
――「盗んでないよっ!」
――「盗ったろ!」
秋の野が辺りにはひろがっていた。
そこは富士山が見渡せる絶好の場所で、ずいぶん拓けていた。ただ一つ納得のいかなかった点は、そこから見える山の一つがシャベルカーで崩されていて、少し頂上の辺りが欠けていた所だ。
それから冬になると、すこし遠くの方まで外出散歩を行うようになった。病院まわりの川沿いを――水がとてもきれいだった――ぼくたちは十人ほどの隊列を組んで、並んで歩く。
道端にはくっつき虫が生え、それを投げ合いながら、道を進んでいく。途中に一つだけ缶のお汁粉と肉まんが変える売店があって、そこがただ一つの栄養補給地だ。
ちょうどその頃に草壁さんが入ってきた。勝気な、一つ上の中一の女の子だ。そして坂田さんも。この人は大分年上で、ぼくや木下さんや山下さんや小笠原さんと同じ部屋にある日、大型コンボと共に突然やって来たのだ。
棟内の子ども(子どもと呼べない大人もいたが)たちはどの子も個性があって、そして調和していた。少なくとも患者の数が多かった頃は賑やかで毎日がお祭り騒ぎのようなものだった。入院も中々いいものだ。地元のソフトボールの仲間たちといい、あの頃は泣かされることも多かったがかなりいい空気を吸っていた。