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習作時代  作者: 中川 篤
万事順調②
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9話


 その日、ようやくぼくたちの合宿所にテレビが入った。中古でなんと27インチもあり、皆はNHKのニュース番組を観ながら今日の夕ごはんをほお張った。

 合宿所では新聞を取っていなかったから、ニュースを見ることはとても重要だったのだ。どうやらその日の天気予報によると、この辺りは晴れるようだ。

 でも雨なら海の家の仕事は休みになるから、それはそれで嬉しい。そしてさらに嬉しいことに、合宿所のテレビにはDVDプレイヤーが付いて来た。



 それから最初に借りてきたDVDは、ミュンヘンオリンピックで起きた、テロ事件を扱った大作映画『ミュンヘン』だった。だが、これは四時間もある大作だったので、ぼくたちの殆どが、途中で眠ってしまった。内容は覚えてない。





     *     *     *





 DVDプレイヤーは次にどこかのオリンピックの試合を映し出した。たぶん、東京オリンピックだろう。DVDの映像に映っていた若いころの《先生》は予選最下位に終わったが、オリンピック選手の漕ぎのフォームは分かりやすかった。そのDVDは研究する価値が十分あった。

 それから西の持ってきたNARUTOやRAVEを、合宿所でぼくたちは読んでいた。





     *     *     *





 高校生のころ、ぼくの視界は狭かったような気がする。小学校での積み重ね、中学校での積み重ね、そして始まったばかりの高校での新しい積み重ね。それだけがぼくの人生の全てのように感じていた。


 ぼくは未来というものを考えたことがなかった。本当に。その日の翌日、浜を掘りおこしてビーチフラッグの準備をしているとぞくぞくと参加者たちがやって来た。

 きっとここで競技をやっているという噂が広まったのだろう。けどビーチフラッグは料金を取らなかったから、どれだけ人がきても儲かるということはない。そこで寄ってきた人たちにカヌーを貸して商売するのが目的なのだ。

 これは海の家の宣伝で、投資のようなものだった。浜辺に集まってきた参加者たちたちは、どうやらインターネットの情報を見てきたようだ。

 それから吉本の芸人たちが遅れてやって来た。その頃には、帳簿にはもう四十名も名前が載っていた。



 先輩の芸人はアイス売りの兄ちゃんからアイスを買うと、それをみなに一つずつ配った。

――「えっ、いいんすか?」と驚くめがね君の言葉に、先輩の芸人は、

――「先輩は後輩におごるもんだ」と言った。

――「溶けるから食えって」

――「それじゃ――いただきます!」

 アイス売りの兄ちゃんはクーラーボックスを担いでその場を行こうとした。すると、先輩の芸人はアイスを一つ買い、彼も呼びとめた。

――「君も食ってけ!」


 それでアイス売りの兄ちゃんも、ここでかき氷にパクついて行った。

 ビーチフラッグが終わると、参加者のなかにいた二人組の女の子たちが、ぼくたちからシーカヤックを借りて行った。それから、ぼくはいつものようにカヤックを海に押し出すのを手伝いに行った。



 波は穏やかで、その女の子たちはぐずぐずしていた。波で逆に押し流されるカヤックを何とか海に送りだしてやり、ぼくはテントにまた戻った。

 波にシャツを濡らされた部分を、ぼくは素手できつく絞り、それからしばらくパイプ椅子に腰かけていると、めがね君が西に何か語っているようだった。以前にもこの二人は話し込んでいた。

 ぼくはどうでもいいやと思いながらパイプ椅子を傾け、先輩の芸人が取っておいてくれていたアイスクリームを手に取った。

 先輩の芸人の言葉はやたらカッコよく響いた。後輩におごる。そういえば人生で出会った思い出深い先輩たちは、大体何かしら自分におごってくれたような気がする。



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