02
中等部と高等部、どちらの校舎も、小学生へ向けたオープンキャンパスのため、在学生は本日午後から立ち入り禁止になる。
午前だけで授業が終わる開放感から、クラスメイトの殆どがあからさまに浮ついていた。要もその中の一人だった。小鳥の写真が撮れれば、念願の将棋盤を買ってもらえる。図書室で野鳥図鑑を捲っていると、不意に隣から声を掛けられた。
「鳥、好きなの?」
要は思わず飛び上がった。
声の主は、クラスメイトの波東千尋だった。後ろに倒れそうになった椅子を寸前で受け止め、要の様子に苦笑しながら辺りを控えめに見渡している。それに倣って図書室の様子を窺うと、不審そうにこちらを見る生徒の姿が散見された。椅子を引く音が図書室中に響き渡ってしまったから、すっかり煙たがられているようだった。
「要くんさ、こういう所では静かにした方がいいよ」
呆れた表情を作った千尋は、人差し指を唇に当てるジェスチャーをして見せた。
「君のせいじゃないか……」
要は座り直すと、彼を睨んだ。
きっかけはわからないが、千尋は要を見つけるとよくからかう。ただのクラスメイトと呼ぶには遠いし、友達と呼ぶには近い。名前は知っているけれど、なんて呼んでいいか迷う。向こうは要を下の名前で呼ぶが、真似をして千尋と呼び返すのは違う気がするし。だからあまり呼ばない。
「だって、真面目に鳥なんか見てたから。お腹でもすいてるの?」
「そんなに切羽詰まってない。ちょっと鳥の名前がわかんなくて調べてただけ」
「へえ。どんな鳥?」
現像した赤い小鳥の写真を見せる。
「こんな鳥だよ。父さんが撮ったんだけ、ど、」
言い終わる前に、千尋が要の腕を掴んで締め上げた。
「この鳥が、何?」
こんな目つきもするんだ。要はふるえ上がった。合わせた視線を逸らすことも出来ずに、真黒い千尋の瞳にただ怯えた。
「痛い、波東、はなせ」
乾いた喉から絞り出したか細い声でも千尋の耳には届いたらしい。腕を掴む手の力が緩められていく。千尋は何も言わずに図鑑を捲り、あるページで手を止めて要の前に滑らせた。写真と同じ鳥が写ったページには、アカショウビン、と書かれていた。
「ほら。君が探してるのはこれでしょ」
「なんでちょっと怒ってんの」
「そう見えた?」
頬杖をついて窓の外に顔を背ける姿は、どう見ても不機嫌に思える。こんなやつの思考なんて考えてもわかりっこないし無駄だと、むっとして要は図鑑を閉じて席を立った。
「じゃあね。おれはもう行くから」
「どこへ?」
千尋は目を丸くして要を見上げた。
「関係ないだろ」
「学校の裏山?」
「……君ほんとうるさい、じゃあね!」
にこにこと愛想良く手を振る千尋に背を向けて、要は図書室から飛び出した。