01
「じいちゃん、このカメラはどうする?」
帽子掛けに無造作に掛かっていた、ストラップ付きのカメラを持ち上げながら祖父の背中に声を掛けた。昔から祖父の寝室に吊り下がっているが、いったい誰が使っていたものなのだろう。すくなくとも、祖父の肩からカメラの類が下がっているところは一度も見た事がない。
「やるよ。」
しゃがれた声で短く言う。
「えっ、いいの?」
要は目を輝かせた。祖父は値打ちのないものをいつまでも傍に置いておくような人ではない。新しいもの好きで、成り上がり者のような金の使い方をする(実際、祖父が昭和後期に立ち上げた事業が運良く成功し、その後は僕の父に業務を丸投げして社長の座だけは譲らなかったという経緯がある)。もしもこのカメラに愛着があるなら、その後カメラの性能やら使い方の話が後から続きそうだが。祖父はこちらに見向きもせずに、薬の記録で使っていたノートを選り分けてはバンドで束ねる作業を黙々と続けていた。どうやら本当に関心がないらしい。要は埃を払いながら、どうせ壊れているだろう、と内心思った。元は黒色をしていたカメラストラップが、埃を被って白くなるまで放置されていたのだから。
夕飯時に父にカメラを見せた。こんな高価なカメラを持っていたのか、金の使い方を知らない人だ。というような事をぶつぶつ言い、良い顔は見せなかった。そしてやはりカメラは動かなかった。はじめから壊れているという見立てだったので、特に落胆はしなかった。
「たぶん、グリスが酸化して駄目になっているんだろうな。こういうものは定期的に使うことが一番の手入れなんだから。買って満足するだけじゃ駄目なんだ。」
「ふうん……」
壊れているとはいえ、値が張るものだ。処分するのも気が引けるのでどうしようかと困っていた。その表情を憂いていると勘違いしたのか、父は引き出しからデジタルカメラを取り出してきた。
「ほら、これ貸してやる。」
要は真四角の小さなカメラを受け取る。運動会の時、キャンプに行った時、いつも父の傍らにはこの灰色のカメラがあった。電源を入れると、過去の写真を遡って見ていく。
「うわあ、懐かしい。」
要が八歳になったときのバースデーケーキの写真まで残っていた。八と蜂をかけた言葉遊びで、ミツバチのマジパンが乗ったホールケーキ。そうだ、毎年母が用意する凝ったケーキが楽しみだったのに。僕はこういう調子で、他にも大切な事を簡単に忘れてしまっていないかとすこし怖くなった。
ギャラリーを辿ると、枯れ枝に留まる小鳥の写真が表示された。この一枚だけ新しい日付だった。
「この鳥は何。珍しいの?」
「綺麗な鳥だろ? こないだオフロードで山に行ったときに見た。」
父は舗装されていない林道に出かけては、仲間たちと一緒に鉈で道を塞ぐ蔓や枝を切り開いて、バイクで走るコースを作る。無茶な遊びで、ポケットに入れていた携帯にひびが入って、その影響でカメラが壊れているくらいだ。ひびが入ったのが骨じゃなくてレンズで良かったけど。
「やっぱりデジカメはいいよ、父さんのカメラが無くなる。」
「だからすぐ返してもらう。これと同じ鳥を撮ってくること。父さんからの宿題。明日は半ドンなんだから、帰りは裏山に寄れるだろ? 撮ってこれたら将棋盤セット買いに連れてってやる。」
「……ほんと?」
最近の要は将棋に凝っていた。将棋盤と駒がマグネットでくっつくタイプの、安物の将棋セットを使っている。駒が小さいし何より色気がないのでいい加減木製のものが欲しいとねだっていたが、その度にはぐらかされ続けていた。
突如舞い込んできたチャンスに、すっかりその気になった要はデジカメを受け取った。