先生! かたやきそばはおやつに入りますか?
「長崎先生! かたやきそばはおやつに入りますか?」
手を挙げてそんな質問をした生徒のイガグリ頭を見て、あたしは舌打ちした。
谷くん……、またおまえか。
君はいつも先生を困らせるような質問ばかりするよな。
しかしあたしは大人の威厳を見せて、にっこり余裕の微笑みとともに答えてやった。
「谷くん。かたやきそばはどう考えたってごはんでしょ。いいのよ、『おやつは500円まで』の中に入れなくて。気にせずお弁当として遠足に持ってらっしゃい」
これで納得したはずだ。
谷くんがどういう意図をもってそんな質問をしたのかはわかりかねるが、これ以外に答えはないだろう。
39歳で独身女だからって舐めてもらっちゃ困る。これで大人しく引き下がりなさい。そう思っていると──
「じゃあ……」
谷くんはニヤリといやらしい笑いを浮かべ、言ったのだった。
「ベビースターラーメンもごはんってことでいいですね?」
「あっ!」と、あたしは声をあげるところだった。
谷くんの魂胆が読めた。かたやきそばがごはんなら、ベビースターラーメンもごはんということにして、おやつの上限500円を突破したいのだ。
今どきお菓子の値段も高い。500円なんかで足りるもんかと頭を働かせ、500円ぶんのお菓子+ベビースターラーメンを遠足に持ち込む気なのだ、このクソガキは。
しかしあたしは39歳。11歳のガキに言い負けはしない。
再びにっこり笑うと、言ってやった。
「そうね。ベビースターラーメンにお湯をかければごはんになるわね。ちょっと啜れるほどの長さはないけどね。でも、パリパリのまんまならおやつよ。間違いなく」
ふふん。決まったな。
……と、思いきや谷くんは、大人ぶった真面目な顔をして、言い返してきた。
「先生、かたやきそばにあんかけはしますけど、お湯はかけないですよ? パリパリのまま食べます。それならかたやきそばもおやつになるんじゃないですか?」
クッ……! そうか、かたやきそばはパリパリのまま食べる!
じゃあ、かたやきそばって、おやつなのか?
確かにこの間、『店主のおすすめ』って書いてあるのに釣られてかたやきそばを注文して、後悔した。
あれはお腹に溜まらない。
ごはんを食べた気がしなかった。やっぱりラーメンにすればよかったと、食べ終わってから激しく思ったっけ。
私が心の中で悔しがっていると、続けて谷くんが攻撃してきた。
「先生! ぼく、五目あんかけを弁当箱に入れて持ってきて、それをベビースターラーメンにかけてお昼ごはんにしたいんです。いいですよね?」
クッ……!
コイツ、それで一体、何袋のベビースターラーメンを遠足に持ち込むつもりだ!
それを友達にも分けて、おやつとして食べながら、「長崎先生を論破してやった」とか得意げに言いふらすつもりに違いない。そうはさせるか!
「──じゃあ、こうしましょう」
あたしは提案した。
「かたやきそばの麺を持ってらっしゃい。ベビースターラーメンじゃなくて。それなら認めるわ」
ふふふ……。あんな味のついてないものがおやつになるわけないもんね。
これで決着ついたな、と思っていると、谷くんがとどめを繰り出してきた。
「じゃあ、教えてください。おやつとごはんの境目って、どこにあるんですか?」
「んだって?」
「かたやきそばの麺はごはんで、ベビースターラーメンはおやつだって、どこでどうやって決めるんですか? 誰が決めるんですか? 何時何分何秒、地球が何回回った日にそれ、決めたんですか?」
おやつとごはんの境目──
それは確かに混然としているものかもしれない。
ベビースターラーメンを食事にする家だってあるのかもしれない。
あれの製造元って、確かなんとか製菓じゃなく、なんとか食品……そう、『松田食品』だったはずだ。小学生の頃、そう確認した記憶がある。
「……わかったわ」
あたしは、面倒臭くなった。
「あんかけするのよね? お昼ごはんにするのよね? いいわ、持ってらっしゃい」
「聞いたか、みんな!?」
ガッツポーズを決めながら、谷くんがはしゃいだ。
「ベビースターラーメンはごはんだぞ! みんな持ってきていいんだぞ!」
クラスのみんなが「わあっ!」と歓喜の声をあげ、谷くんを褒め称え、あたしは敗北感を胸に教室を出た。
「長崎先生、なんだかお疲れですね」
職員室で速見先生が心配してくれた。
イケメンのその顔が見れない。今はあたし、負け犬の顔をしているから。
「元気出してくださいよ。あっ、ベビースターラーメン食べます?」
今、その商品名は聞きたくなかった。
それでも彼から勧められたものを断ることはできない。
彼からもらったベビースターラーメン一袋を、あたしは宝物のように抱きしめると、ありがたくいただくことにした。
ポリ、ポリ、パリ……
食べながら、なんとなく気になって、製造元を確かめた。確かあたしが小学生の時は『松田食品』──
『おやつカンパニー』に社名が変わっていた。
「フハハ……」
思わず笑い声が出た。
「谷くん、論破ァ!」