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次の日の放課後、私はいつものように生徒会室に居た。
いつもと同じように山積みにされた書類を、いつもと同じように目を通し、いつも通り必要な処理を行う。
ただ一つだけいつもと違うことがあって。
「やっぱり君が一人でやってたんだね」
「…そうですよ」
そこに居たのは昨日の男。
男は興味深そうに生徒会の書類と、それを慣れた手つきで捌く私のことを見比べていた。
「脅してまで私の仕事を見学する必要があったんですか?
私が言うのもなんですが、もっと有効なことに使えばよかったのに」
「いいや。僕にとっては君のことを知れるのが一番有用な使い方だよ」
「…はぁ、そうですか」
時と場合によっては結構な口説き文句に思えるが、この男の場合そんな意図はまるでないのだろう。
言葉通りに知りたいだけ。興味や好奇心、単純な娯楽のためだ。
「それと僕の名前はユーリアス。
何て呼んでくれても構わないよ」
「お気遣いどうも。今後も名前で呼ぶことはないと思いますが。
私は―――」
「アネモネだろ?昨日あの後調べさせてもらったよ。
家系も学校の成績も、人間関係から幼少期の夢まで。調べられることは何でも。君の人格を構成する全ての情報を。
まぁ元々妹さんの関係である程度は知っていたけど」
「そうですか…」
本来ならば彼の異常さにドン引きする所なのだろうが、既に慣れ始めていた。
むしろ1日でこれほどまで調べられる情報網の方が異常に感じられた。
幼少期の夢なんて、どうやって知ったのだか。
「まぁ、なんでもいいです。ただ仕事の邪魔だけはしないでください。
今日中に終わらせないといけないので」
「もちろん。今日は君の仕事っぷりを見に来たんだからさ。
さぁいつものように馬車馬のように働き給え」
「言い方がさぁ…」
馬でないのだから比喩表現ではあるが、実際やっていることは馬車馬と変わらない。
シスタに飼われ指示通りに動くことも、動けなくなったら情も無く捨てられてしまうだろうことも。
反論できない不甲斐なさにため息を吐きながら、目の前に積み上げられた書類に目を通し、いつもの要領でまずは仕訳けていく。
期限の近いもの、急ぎでなくても大丈夫なもの。
重要度の高い物、低いもの。
目を通すだけで十分なもの、しっかりと回答を用意する必要があるもの。
別途資料が必要か否か。
頭の良い人ならば、端から片付けていくのが一番速いのかもしれない。
この仕訳をする時間自体を省くことが出来るのだから。
けれど出来の悪い私はこのようにジャンル分けすることで、どうにか仕事を片付けることが出来る。
長い期間、生徒会の事務仕事をやってわかった自分なりに効率化する方法だ。
何よりこうすることで仕事内容を覚えることが出来る。
私の場合ただ終わらせるだけでなく、シスタへ報告しないといけないのだから。
そんなことを考えている内に、仕訳の作業を終わらせることが出来た。
今日は時間の掛かる仕事が少な目なようだ。これなら余裕をもって終わらせることが出来る。
「君は一人でこんな量の仕事をしていたのか」
「これでも今日は少ない方ですよ」
久しぶりにゆっくりと睡眠時間を確保できそうで、私は内心テンションが上がっていた。
それもあって、完全に無視を決め込もうと思っていたユーリアスとの会話にも、いくらか乗る気になった。
「君はいつからこんなことを?」
「シスタが生徒会に入った時からです。
まぁ、前から宿題や家の雑務とかを押し付けられてはいましたが」
「今は誰かと婚姻を結んだりは?」
「ありません。ていうか調べたんじゃないですか?まぁいいですけど。
卒業後は働こうと思っていました」
「何かやりたい仕事でもあるのかい?」
「特には。お金を稼ぐことが出来るなら何でも。
家から出て、一人で自立して生きていけるなら。
まぁ、そういった意味では出来るだけ遠くに行きたいですね」
「ほう、家から出るつもりなのか」
「そのつもりでした」
私は読むだけで頭の使わない書類に目を通しながら、適当に会話した。
その所為か少しだけ話し過ぎたことを後悔し始めた。
しまった、と思った時にはユーリアスは目を輝かせていた。
どうやら興味が出てきたらしい。
「どうして過去形なんだ?
君なら雇ってくれる所は多いだろうに」
「まさか。お世辞を越して嫌味ですか?」
私は深くため息を吐き、書類を一度置いた。
そしてストレスを発散するように説明をした。
「調べたので知っていると思いますが、今の私の成績は壊滅的なものですよ。
ただでさえ無能な私に、成績という肩書も無い今、斡旋して貰える仕事なんてないでしょう」
女性の社会進出が多少は増えたものの、それでも未だ就ける仕事は限られる。
貴族の子息令嬢の家庭教師か、役所の事務仕事。そして侍女ぐらいなものだ。
前二つは特に成績が優先される。倍率も相まって今の私にはとても就ける仕事ではなかった。
そして後者についてはまだ希望が持てるが、それでも容姿の良さが採用に関わると聞いたことがある。
「というわけで現在学生の身ながら求職中なわけです。
何かコネとかありませんか?」
私は冗談交じりに聞いてみた。
ユーリアスのことはよくわからないが、学生の身分でそんなこと言われても仕方ないだろう。
期待などしていなかった。が―――
「丁度良かった。
それについて提案したかったんだ」
「へっ…?」
ユーリアスの不敵な笑みに、また厄介ごとに巻き込まれたことを察してしまった。