16
いつからお姉ちゃんとの仲が悪くなったんだろう。
私は朦朧とする意識の中で考えた。
子供の頃は仲が良かった。
面倒見が良くて、優しくて、そして頭の良いお姉ちゃん。
私はお姉ちゃんが大好きだったし、憧れていた。
ずっと一緒に居たいと思っていた。
けれど大きくなるにつれて、私は周囲がお姉ちゃんとどう接しているのかを知った。
私が両親から受けて来た愛情を、お姉ちゃんは受けていなかった。
理由はわからない。理由があるのかもわからない。
両親は私を可愛がり、お姉ちゃんを迫害した。
罵倒し、見下し、いつもイジメて楽しんでいた。
なのにお姉ちゃんは反抗しなかった。
その姿に私は苛立っていた。
私の大好きなお姉ちゃんなら、パパっと解決できるはずなのに。
子供ながらの幻想だった。
ただ私は、目の前で両親にイジメられているお姉ちゃんを、自分の憧れのお姉ちゃんと認めたくなかった。
「アネモネ―――」
私は気づくと、実の姉を名前で呼んでいた。
憧れの姉を記憶の中に押し込んで、迫害される弱い女性に名前を与えた。
それからは自分でも醜悪だと思う。
あの女のようにはならないように、両親に見捨てられないようにと、自分なりに必死に取り繕った。
彼女をイジメることで、両親に自分も仲間だと思わせた。
生徒会長という座も、王族との婚姻も私自身はどうでもよかった。
けれど両親の期待に応えるしかなかった。
もし裏切ることがあれば、今後は私が『アネモネ』になるのだから。
けれど私は―――お姉ちゃんのようにはなれなかった。
目を覚ますと目の前には真っ白な天井があった。
学園の医務室の天井だろう。けれど前後の記憶が曖昧だ。
アネモネによって生徒会の仕事をやる羽目になって、けど終わらなくて…。
それで―――
「もう大丈夫なの?」
「!?」
私の顔を覗き込む女性がいた。
優しい声色で、心が安らぐ。けれど今の私にはたまらなく毒に思えた。
彼女の声を聞くと、私の中の罪悪感が刺激される。
「アネモネ―――」
私は搾りだすように声に出した。
歯を食いしばり、自分自身に言い聞かせる。
自分の立場を。自分が今までやった行いを。
もう二度と戻ることの無い関係性を…。
「仕事はどうなったのよ」
私は不愛想に言い放った。内心を悟られないように。
「ちゃんと締め切りの近い分は終わらせられたよ。
それでもしばらくは忙しくなりそうだけどね」
「…」
私が目を通した範囲でも、今日までの締め切りの物は結構あったはずだった。
けど彼女が言うのなら本当なのだろう。
全てに目を通し、期日を確認した上で優先順を組み立て、完璧にこなす。
今までに1度たりとも提出期限を過ぎたことはなかった。
やっぱり…私じゃ勝てないや…。
「そっか…よかった…」
私は心の底から安堵した。
仕事が無事に終わったこと。そして―――
「やっぱりお姉ちゃんは凄いや…」
大好きなお姉ちゃんが、やっぱり優秀だと再確認できた。
その事実が堪らなく嬉しかった。失ってなどいなかった。
両親と一緒に私がお姉ちゃんの才能を壊したのかと思っていた。
自分の手で、大好きな姉を殺したのかと思っていた。
もう二度と戻らない関係性だとしても、それでも『お姉ちゃん』が生きていたことが嬉しかった。
気がつくと目の端に涙が溜まり、頬を伝い枕を濡らした。
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