31。もしかしたらにゃ
マサ達を前にして、なぜか感極まったようにシクシク泣き出してしまったイケオジ。
完全にドン引き状態のマサとリコである。
意味が分からず戸惑うマルセルさんと、驚愕しているギルマス。
まさしくカオス。
コレでは話にならないと、商会長を椅子に座らせ、しばし放置する事にした。
二人は商会長から離れて椅子に座り、マルセルさんが入れてくれたお茶をちびちびと頂いていたのだが……。
しかしイケオジは、なぜかこちらをチラ見しては、おいおいと泣くを繰り返している。
キモいんですが……。
マサは、そんなイケオジから目をそらして苦笑していると、ある事に気が付いた。
そういえば、悪意を異臭として感じるうちの子猫達が、何も言わないのだ。
((ルビィもレオも臭いとかしないの?))
((う〜ん……、この男は臭くないにゃよ?))
((そう言えば、お嬢様も臭くなかったですよね? 一緒にいた男は臭かったんですが))
((ええっ!? そうなの?))
リコの大きな声が念話でも聞こえ、マサは驚きでビクッと震える。
((大きな声を出すなよ!! 驚くだろう?))
((ごめんごめん。でも、悪意が無いって事に成るよね? どういう事だろう……))
((母様? 悪意が無いからいい人とは限らないんですよ? 善意の押しつけは受ける側にしたら苦痛になる事も有るし、「悪気は無いんだ、君の為を思って」って言って善意のつもりで嫌がる事をする輩もいっぱいいるんです。騙されないように気を付けて下さいね))
((そうにゃ!! 母にゃんは騙されやすそうだから気をつけるにゃ))
そんな会話をしてると、大きく鼻をかむ音が響き渡った。
商会長は自分のハンカチをポケットに押し込むと、はにかむような顔で頭を下げる。
「お見苦しい所をお見せしてすみませんでした」
どうやら復活したようなので、マサも姿勢を正し正面を向く。
「おいセオドア、どういう事かしっかり説明してもらうぞ」
呆れ顔のギルマスに、商会長はバツが悪そうにしている。
「そうだね、色々迷惑を掛けてしまったようだしね……。まずは、ご挨拶が遅れましたが、私はベスラン商会の商会長をしておりますセオドア・ベスランと申します。お見知りおきを」
丁寧に頭を下げた商会長に、マサ達も名乗らない訳には行かず、簡単に名前と冒険者ランクを伝えた。
「事の始まりは130年前の初代の頃に遡ります……」
そう言って商会長が話しだした内容に、マサとリコは驚きもしたが、興味も湧いてきた。
それほどまでに、話の内容は二人にある意味関係した事でもあったのだ。
「初代の名はベスランといいます。彼は10歳で商家に奉公に出て、18歳で独立しました。独立と言っても各地を廻り、ほそぼそと行商を行っていたのです」
村で品物を売り、その場で仕入れを行うと次の村でまた品物を売るという事を繰り返し、点々と町や村を渡り歩いていたという。
「そんな初代が20代後半に差し掛かった時の事です。商売も上手く行かず、もう辞めてしまおうかと思い悩んでいた所で、一人の青年に出会ったのです」
そう言った商会長は大きく目を見開き、恍惚とした表情を浮かべた。
「その青年は、初代に商売の秘訣を色々授けて下さいました。今では当たり前のように使われている石鹸や調味料、玩具や衣料品など多岐にわたります。料理でさえその青年の言う通りにすればヒット商品になったのです」
「確かに、ベスラン商会が元祖だっていう商品や料理がたくさん有るよな」
「ええ、雨合羽や長靴を私も愛用してますよ。あと、お菓子とかも数え切れない程ありますね」
ギルマスとマルセルさんは、感心したようにそう話している。
「そうなんですよ。それらの売上や制作権貸出などで我が商会は大きくなっていったんです。」
この世界には制作権と呼ばれる神との契約があるそうだ。
商業ギルドで行われるもので、勝手に模造品を作る事や、販売する事も出来なくなる魔法契約らしい。
しかし、一定の金額でその権利を借り受け、商品を作って販売する事も出来るようだ。
要は特許みたいなものだろう。
「私で5代目に成るのですが、その様な言い伝えが代々伝わっております。あと家訓がありまして……」
そう言って、マサ達に視線を向ける商会長。
「「家訓?」」
何となくハモりながら、顔を見合わせるマサとリコ。
「はい。家訓とは初代から受け継がれている言葉です。それは『黒髪・黒目の人物に出会ったら、必ず良好な関係を築け。その者、我が商会の救世主と成るだろう』というものです」
「黒髪・黒目……。それってどういう事?」
マサの袖をツンツン引っ張って、リコが聞いてきた。
まさか? と思いながらも、マサはギルマス達に質問を投げかけた。
「脱線するようで申し訳ないんですが、黒髪・黒目は珍しいんですか?」
「そうだねぇ……、黒髪の人や黒目の人は普通にいるけど」
「確かに、両方黒いっていう人は、お二人以外見かけた事は無いですね……」
マルセルさんと確認しあっていたギルマスは、少し申し訳無さそうに問い掛けてきた。
「こんな事を聞くのは冒険者としてはマナー違反になるんだが、お前達はこの辺の国の出では無いんだろう?」
「まあ、確かにそうですね……」
何となく曖昧に返答したマサ。
もしかしたら、という好奇心が大きく頭をもたげてくるのであった。
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