30。なんでにゃ
ベスラン商会の商会長の名はセオドア・ベスラン。
御年40歳の彼は人格者と言われており、現在五代目だという。
元は行商を行っていた初代から始まり、今年で創業130年の老舗ともいえる商家だそうだ。
普通、貴族でなくては名字を持てないのだが、大商会とも成ると店名を名字として名乗る事が許されているらしい。
各地に支店を持ち、王都にある商業ギルド本部でもかなりの力があるそうで、現在はバルバ支部のギルドマスターでもあるという。
やり手な見た目ながらも、人情味があると評判が良いのだとか。
そこまで名のある男が、何故今回の娘の戯言に付き合っているのか不思議でならない状況だ。
「本当に大丈夫ですか? 宿で待っていてくだされば私とギルマスが間に入りますよ? そのために私が知らせに来たんですから」
なおもマルセルさんは止めようと躍起になっているが、やる気を出したマサは止められない。
今は15歳の身体に精神が引っ張られる形で、少々弱気にみえる時が有るが、元々は65年間で培ってきた知恵や強かさも有るのだ。
今こそ仕事の出来る漢って奴を見せる時だろう。
そんな気持ちと怒りでイケイケ状態である。
「大丈夫ですよ、暴れたりしませんから。俺を探している理由が知りたいし、大迷惑を被っているんだとハッキリ伝えたいのでこのまま殴り込みをかけます」
「そうですよ〜。いくら親ばかとはいえ、ロロイさんの件は厳しく罰したのに、今回は娘を支持してるようにも感じるし、なんか変ですよね? 乗り込めばその辺もハッキリするはずです」
勇ましいマサを見て、リコのテンションも上っているようだ。
何気に頬を染めて、チラチラとマサを盗み見ては「カッコいい」とつぶやく始末。
そんな二人の様子に、マルセルさんは掛ける言葉がない様子。
最後には諦めたように「ではご案内しますね」と、表情を引き締めた。
商会長との話し合いはギルマスの部屋で行われていた。
ドアを開けると、奥のドアが閉まっているにも関わらず、ギルマスの怒声が手前の小部屋にも響き渡っている。
「ギルマス、お客様です」
マルセルさんがノックをすると、非常に不機嫌なギルマスの声がした。
「誰だ!! 忙しいんだ、後にしろ!!」
そんな返答など気にする風もなく、大きく深呼吸したマルセルさんは意を決したように勝手にドアが開けてしまった。
すると、後ろにいるマサ達に気が付いたギルマスの、驚きに満ちた顔が目に飛び込んでくる。
「どういうつもりだ!! 早く出ていけ!!」
ギルマスが慌てて立ち上がった事で、こちらに背を向けていた男も振り返ってマサ達に目を向けてしまった。
しかし、マサ達が髪色を茶色に変えている事で、興味を持たれる事は無く、澄ました顔で状況をみている。
金髪を後ろになでつけた、いわゆるイケオジ風な男性。
この男が商会長なのかと、マサはマジマジと男を観察してしまう。
「マルセル!! どうして連れてきたんだ!?」
マルセルさんがギルマスに詰め寄られるのを見て、リコが苦笑しながら間に入った。
「ギルマス、落ち着いて下さい。私達が無理を言って連れてきて貰ったんですよ」
「どうしてそんな事を……」
ギルマスは納得がいかない顔で、マサに訝しげな目を向けてくる。
「俺は何も悪い事をしていないのに、逃げ回らなければならないなんて、おかしいですよね?」
マサはそう言って大きくため息をつくと、魔導具のネックレスを胸元から取り出し、魔力を切った。
すると、茶色だった髪色が一気に黒へと変わる。
リコもそれに習って、髪色を黒に戻したのだが。
「!?」
その時、商会長の顔が驚きから歓喜に変わるのが分かった。
「君は、いや、君達は……」
ん?
君達?
その言葉に引っかかりを覚えたのはリコも同じだったようで、隣で小首をかしげている。
不思議に思って見ていると、商会長がヨロヨロと立ち上がってマサ達に近寄ってきた。
両手を広げて、今にも抱きつかんばかりのその様子に、恐怖すら感じてしまう二人。
((怖いんですけど〜!?))
リコの念話が聞こえて来たが、同時に商会長のつぶやきも耳に入ってきた。
「ま、まさかこんな事が……。ほ、本物だろうか……。私の代で出会えるとは」
よく見ると、商会長の手は小刻みに震えており、足元もおぼつかない感じになっている。
「おい、セオドア!! 何をするつもりだ!!」
ギルマスの声で、はっと我に返ったマサは、リコの腕を取り、後ろに下がった。
「何をって……、何もしないさ」
そう言って笑った彼の顔は、まるで熱に浮かされた者のようで、鳥肌が立ってしまう。
声を掛けて来たお嬢様と同じ様な行動だと気が付き、ますます怖くなったマサ。
強い魔物を前にしても恐怖を感じないのに、何を考えているか分からない人間を前に、恐怖を味わう羽目になるとは不思議なものだ。
「君達を私の屋敷に招待したい。ぜひ来てくれないだろうか?」
懇願するようにそう言って迫ってきた為、しょうがなくマサは軽い威圧を掛けた。
「それ以上近づかないで頂きたい。俺達はあなたが誰なのか知らないし、招待される覚えもないです」
ビクリと動きを止め、こちらを見ている商会長。
驚く事にその目は涙に濡れていた。
な、何なのぉ?
イケオジの泣き顔なんて見たくないんですけどぉ……。
ってか、なんで泣くんですかぁぁぁっ?
なぜか、酷く動揺してしまうマサであった。
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