水田マリ(4)
「ちょっと早いけど、おはよう。ゆりあちゃんは着替えたら消毒ね!」
「はーい」
と2人で返事しました。さて、自分はオムツを交換します。その様子を見ていたゆりあちゃんは「私が替えたかった」とつぶやいています。さすがに明るい中では恥ずかしすぎます。
しょうがないので
「早く着替えないと、西田先生がお待ちですよ」
と言っておきます。
着替え終わったのを確認した西田先生が消毒薬などが入った薬箱を持ってきました。ゆりあちゃんの包帯を外して指の様子を確認します。
「この分だと、骨折ではなさそうね。でも念のために朝食の後、タクシーで病院に行きましょう」
「えー、お土産が買えない!」
「あー、誰に買うの?」
「ママに。その土地のお漬物が欲しいっていつも言ってて」
今日はこのホテルからバスに乗って、道の駅に寄り、新幹線の駅まで移動し、新幹線で地元に帰る予定です。道の駅は確かに漬物を買うには絶好のスポットでしょう。
「じゃあ、自分が買っておきましょうか?」
「いいの?じゃあお金を預けておくから・・・あ、お財布を部屋の金庫に入れっぱなしだ!」
「電子マネーでいいですよ。ついでにSNSも」
「ありがとう、そうだね」
ゆりあちゃんの連絡先をゲットです。それを見ていた西田先生がポツリと言いました。
「すっかり仲良くなって・・・やっぱり、秘密の共有って一気に仲良くなるわね」
「先生、秘密の共有ついでにいいですか?朝食をここで食べたいのですが?」
自分の言葉に西田先生が「できなくはないけど」と悩んでいます。
「実は昨日の会話で出てきたのですが。ゆりあちゃん、今の班とうまくいってないらしく、朝食で一緒になると一悶着あるかもしれませんよ?」
「そんな事ないもん!」
ゆりあちゃんが否定しますが、西田先生には逆効果でしょう。自分の言葉が満更嘘ではないと思ったようで、手続きに部屋を出て行きました。
「どういうつもり?」
ジト目で自分を見ているゆりあちゃんに、笑顔で答えます。
「自分のためですよ。ゆりあちゃんを利用したのは謝ります。けれど、修学旅行の最後のご飯ぐらい、誰かと食べたいと思うのはおかしいですか?自分は表向き、体調を崩している事になっているので」
こう言えばゆりあちゃんが納得するのはわかっています。ゆりあちゃん的に本当にどちらでもよかったのでしょう、荷物をまとめて宿を出る準備を始めました。そのついでのように自分に聞いてきます。
「そういえばさ、なんで修学旅行に参加したの?1年の宿泊研修の時は休んでたと記憶してあるけど?」
「想像してみて下さい、自分の子供でもない子供を預かって育てる叔母の気持ちを。少しぐらい息抜きできたっていいでしょう?『参加しないのか?』と散々言われましたよ」
最愛の旦那様と娘さんを叔母は同時に事故で亡くしました。その同じ年に自分を引き取ったのです。自分は(会った事もありませんが)娘さんの代わりでしょう。ただ、本当の母親と違ってお金には困ってないようなので、その点でだけは感謝をしています。
10分程で片付けも終わり、いいタイミングで朝食が運ばれて来ました。ご飯にお味噌汁、焼き魚といった和朝食です。2人で早速いただく事にします。
「ウチはいつもパンとかシリアルだから、こういう朝食って旅行にきた感があっていいよね」
とゆりあちゃんはテンション高めに言います。
「自分はこういう朝ごはんが家で出たりもするので、特別感はあまり・・・むしろ、ゆりあちゃんの今の状態を考えると、洋食の方が良かったのではと思いますけど?」
ゆりあちゃんはお箸を持ってみて、ケガの痛みに顔をしかめます。自分は部活終わりの男子みたいに自分のご飯をかき込むと、ゆりあちゃんのお箸を取り上げて、言いました。
「はい、あーん」
渋々といった感じで、ゆりあちゃんはそれを食べます。
「お味噌汁もほしい」
「了解です。あーん」
どうしてこうなったか、自分でもわかりません。
けれど、人生で一番楽しい時間になりました。