広井夏樹の帰還(12)
千葉県、某ショッピングモール
「由香ちゃん?久しぶり、私。夏樹。4年ぶりかな?
突然だけど、お願いがあるの。今から警察署に行ってくれない?そこで『痴漢された』って被害届を出して。
え?いいの?そんな事言って?『また、授業中におもらし』させるよ?
中学生なら人生詰むかもよ?
詳細はLINEで指示するからお願いね」
夏樹は不穏でしかない通話を切る。
「ただいま!」
「すごかった!『スーパーモード』を使いこなせてたな!」
「最後はマジでヤバかったよ。相手に『スーパーモード』の存在がバレてた」
テンペストの『スーパーモード』は夏樹が今日、圭吾の了承の元、アップデートされた機能である。その存在を知っていた咲はやはり只者ではない。
「咲ちゃんとかの3人はどうする?運べないから3人とも縛った場所で放置しているけど?」
冷蔵庫から水を持ってきて、夏樹に渡しながら圭吾は答えた。
「今日のうちに全て終わるだろう。それから指示でも仰ぐよ。なんたって、ゆりあ・マリの2トップが入院中だからね」
「りょーかい。夏だけど、エアコン効いてるし死にはしないか」
それから、ペットボトルのキャップを開けてゴクゴクと夏樹が水を飲む。慣れない戦いで、やはり疲弊しているようだ。落ち着くのを待ち、圭吾が声をかける。
「それで舞先生との対決はどうするんだ?」
「何も。あと2時間もすれば、向こうから『ごめんなさい!降参です』って言って来るでしょ」
怪訝そうな顔で圭吾が尋ねる。
「何をしたんだ?」
「舞先生の婚約者を痴漢容疑で被害届出させてる。電車内に防犯カメラがあるタイプだったから、フェイク映像で実際に痴漢してるようにも見えるのを仕込んでる。婚約者の住む長野の警察も手配済み。果報は寝て待とう」
ゾクリと圭吾が恐怖を感じた。
(そうか4年前、手も足も出せずに終わった)
あの時と似ている。我が子同然のテンペストやスーパーセルをいいように操られた。それと同じやり口だと感じた。勝負の場にさえ立たせてもらえない。
「圭吾さんにはわからないだろうけど、私は本気で怒っているんだ。珍しく感情優先で」
同じ頃、長野県某所
山間の集落にある温泉旅館。そこが彼女の家でもあった。お客さんから見えない位置に経営者である一家の家があり、そこの一室が彼女の部屋だった。
「LINE:通知あり 広井夏樹、添付ファイルあり」
通知を見て、ショーツが湿った。恐怖に支配される。
木村由香は4年前、夏樹を怒らせた。その結果、クラスで居場所を失い、近所からも後ろ指を刺された。
慌てて部屋を飛び出して、指示のあった警察署へ行く。
やっと戻ってきた平穏を守るために。




