佐藤ゆりあ(8)
勝利を確信して、思わず笑みが漏れる。彼女は言った。「止められない」と。それは、事実上の敗北宣言だった。しかも、それを言わせたのは、味方であるはずのこの教師。だから、というわけでもないが、いつもより口が軽くなっているのを自覚している。
「先ほども言ったけど、おむつ使用率を50%に引き上げる。これで、これから生まれてくる子供たちは、トイレトレーニングを受けない子が大半になる。受けさせたとしても、ウイルスに感染してしまえば意味はないけどね」
――長かった。マリちゃん、これで、私たちの願いは叶うよ。
「ゆりあさんって、ほんと優しいよね。『テンペスト』で『ユリア・シンドローム』を作り出して、おむつ使用率を段階的に引き上げた。その過程で、供給が追いつかないとか、流通が滞るとか、そういう問題を事前にクリアしてるんだもん」
「なるほど……まだ10歳だったか。コロナ初期の混乱を知っていれば、準備を怠らないのものだよ」
恥ずかしいから言わないけど、この天才少女を私は気に入っている。マリちゃんの言う通り――憎らしいほど自分に似ていて、だからこそ愛おしい。どうやって打ちのめしてやろうかと考えるのも、最近のちょっとした楽しみ。
「でも、それだけじゃないでしょ? フェ……いや、あなたの言葉を借りれば『シーズン2』。各分野の天才を『テンペスト』でおむつが必要な身体にして、『ユリア・シンドローム』というラベルを貼る。乳幼児でも高齢者でもない、おむつ使用者たちが、今では“天才”として認識されてる。いきなり病気を蔓延させるより、その方がずっと自然。羞恥も抵抗感もなく、病気に罹る社会ができあがる」
沈黙を守っていた教師が、やがて口を開いた。
「整理すると、『シーズン2』の目的は段階的なおむつ使用率の上昇。手段は『テンペスト』による神経ハックで、夜尿や失禁を繰り返す身体に変える。対象は各分野の天才や秀才。その症状をまとめて『ユリア・シンドローム』と呼ぶようになった。副次的には、おむつの増産体制を整えて、社会に理解を広める……そして『シーズン3』はバイオテロ。これで一気に拡散、ってわけね。聞けば聞くほど、夏樹さんにはどうしようもできないわね」
教師が半ば諦めたように言う。
それに、天才少女がニヤリと笑って返した。
「そうだね。――『私には』、何もできない」
何かを聞こうとする私の思考を遮って、スマホが鳴った




