広井夏樹(9)
ドクンと心臓の跳ねる音がした。
震える指でスマホを操作する。
『預金残高:2,364,758,532円』
23億。勝った。思わず笑ってしまう。
「うふふ、あはは、ワハハ!」
隣では舞先生も肩を震わせている。まだわかっていない様子の2人に教えてあげる。
「買収お疲れ様でした。どなたから、債権を買収されたのですか?」
「それはもちろん銀行よ。支店長とやりとりしていたもの」
「23億5000万で?」
「そうよ。よく知っ・・・なんで知っているの?まさか!」
悪戯が成功したように笑った。
「小5の女の子を1人、縛り付けるために23億5000万も。光栄です。ゆりあさんに私がそれだけの価値があると認めてもらってるの」
煽るように言ってあげる。
「舞先生、さっきは色々言われてイラついてるでしょ?説明してあげて」
「そうね。説明は教師の仕事だもの。さっきゆりあさんが買われた債権は私が3日前に買っておいたものなんです。支店長は昨年の卒業生の保護者だったので協力していただきました」
舞先生は意気揚々と語る。もう理解しているはずなのにゆりあさんは確認する。
「それじゃ、さっき買った債権は」
「はい。私達が売ったものです。差額は23億程度の儲けでしょうか?」
ゆりあさんは絶句している。舞さんが信じられないと口を開く。
「そんな、ゆりあちゃんがこんな詐欺みたいな手口に引っかかるなんて!」
「舞さんの手落ちですよ。あなたはゆりあさんからの小さなサインを見過ごした」
もったいぶった指摘で時間を少しでも稼ぐ。
舞さんは心あたりがないのか、わからないといった表情になる。
「『ホームチームが有利なのはどこも一緒でしょ?』って言っていたよね?」
ハッと何かに気づく舞さん。やはり彼女も相当なキレ者だと思う。
「佐藤ゆりあの弱点は『打たれ弱さ』だよ。天才は打たれる事さえ予想する。でも想定外の一撃には弱い。だからあの時、弱音を敵の前で吐いた。そして、舞さんはその異常を見逃した。相手が冷静な状態でなければ、いくらでもつけ込む隙はできるものだよ。しかも、ゆりあさんはそれに気づけないんだ」
「夏樹さん、教えすぎよ」
舞先生が私をたしなめる。
「1つだけ、聞いていいかな?債権を買う原資はどうしたんだい?」
ゆりあさんが低い声で尋ねる。
「それも、ゆりあさんは知ってるはずですよね? 中国・ロシア・アメリカ、三つの大陸のAIチャットに同時アクセスして、意図的に“バズ”を作る。今じゃ“バズ”は、現金より価値があるんです。――お金を出してでも欲しい人がいる」
ゆりあさんの顔がみるみるひきつっていく、思わず笑ってしまう。
「今回は、アメリカの某EVメーカーの『彼』です。中国の競合メーカーの『検査不正』を拡散したかったらしくて。ちょっと協力したら、ポンっと、ね。」
しまったと私は気づく。舞先生の言う通りだ。喋りすぎた。やはり、ゆりあさんは気がついたようでニヤリと笑う。
「ソースを喋りすぎだ。普通なら、ここで追求するところだが、天才少女の狙いはそれだ。つまりは時間稼ぎが目的だ。だとすれば・・・」
ゆりあさんは隣に座るマリさんの方を見て指示する。
「マリちゃん、23億の行方を追って。多分もう手元にないはず!」
指示されたマリさんは、すぐさまスマホを取り出しながらこの場を出て行く。
「君にはガッカリしたよ。夏樹ちゃん。君は確かにこの勝負には勝った。しかし、何もできていない。『テンペスト』や『ユリア・シンドローム』を止めることも、私達を止めることもだ。まるでフレーム問題を起こしたロボットだ」




