広井夏樹(8)
SPと秘書官を連れて文部科学大臣が視察に来る。
『視察』と言っても、どこも見る事なく、校長室へ向かう。
「校長先生、すいませんが広井夏樹さんと私と理事長で話をしたいのですが?よろしいでしょうか?」
校長は言われた通りに場を整える。連れてきたSPも外側の廊下に立っている。そこに夏樹が呼ばれて入室する。
「すいません大臣。私、小学生なので、大人の担任の先生が一緒でもいいですか?事情はわかっています」
ゆりあは笑って了承する。程なくして、佐藤ゆりあ、小田マリ、広井夏樹、高野舞の4人が揃い始まった。ゆりあが口を開く。
「まずは大臣とか理事長とか敬称で呼ぶのはやめてね。ゆりあとマリでいいわ。聞きたいことも言いたい事も双方あるからどうしようか?」
舞は大臣の砕けた口調のせいでおかしな錯覚におちいる。ゆりあとマリが小学生に見えるのだ。ここが小学校の校長室で本物の小学生である夏樹がいるせいもあるだろう。
まずは夏樹が質問した。
「わざわざ私のような小学生に何かご用でしょうか?」
笑顔で聞いた。同じく笑顔でゆりあも答える。
「そうねぇ、丁度ツーペアだし、ポーカーとしておきましょうか?」
「了解です。親は?」
「1ターンごとに先行後攻を入れ替えでどう?」
「それじゃ、じゃんけんぽん」
ゆりあがチョキ、夏樹がグーだった。
「それじゃ、先行で。まずはこのスリーカードから」
そう言ってスマホを操作する。連絡先も交換していないのにマリのタブレットが震える。PDFファイルを受信している。それを開くと
「2年前、スマートウォッチ『テンペスト』を全国の小中学生に配布しました。これを製造する『スーパーセル社』はあるファンドの支配下にあります。そして、そのファンドはゆりあさんが実質オーナーです。その証拠の3枚です」
タブレットを持つマリの手が震えている。それでもゆりあは笑っていた。
「最初から飛ばすねぇ。普通なら致命傷だ。こちらもタブレットで証拠を出そう。これがこちらのスリーカード。中国、ロシア、アメリカのAIチャットに一気にアクセスされたログ。全部、天才ちゃんが動かしたネットワーク経由のものよ。仕組みは分かってる。旅館のサイトに英語や中国語の自動対応を仕込んで、世界中からアクセスしやすくしたんでしょ?」
夏樹は黙ってうなずいた。ゆりあの声が少しだけ低くなる。
「でもさ、1000万人の目に触れるようにバズらせたのは、ちょっと派手すぎたんじゃない?いくら、行政のミスで営業自粛に追い込まれたとはいえ……怒りと悔しさはわかる。けど、君のやり方もリスクが高かった」
(夏樹ちゃんはその行政のミスを誘発させたんだから完全なマッチポンプよね)
舞はそう思いながらも黙っていた。お互いに法に抵触している。ゆりあも夏樹もモラルの無さは互角だろう。もっとも、だからこそのこんな場を設けたのだと理解した。そんな舞などお構いなしに、ゆりあは次のターンに進める。
「次はこっちの先行ね。フルハウスで一気に決めましょうか。与党、民自党への100億の選挙協力献金。及び、閣僚人事権の一部譲渡」
「え?それって自分の秘密の暴露じゃない?自爆?」
ここまで黙っていた舞が思わず疑問を口にした。一方で夏樹は少し考えている表情を見せた。
いや、ゆりあの発言が初めて夏樹のポーカーフェイスを崩した瞬間だった。
「舞先生、それがどれだけ凄い事かわからないの?この人、今、総理大臣よりエライって事だよ?」
その言葉に舞は固まる。それを横目にゆりあは続ける。
「2手目でこのカードを使うとは思わなかったもの。本当にイヤだわ。まるで鏡とケンカしてるみたいなんだもの」
「クククッ、ゆりあちゃんやめてよ。でも自分も何度もゆりあちゃんみたいって思った」
こちらもずっと黙っていたマリが笑いながら言った。更に続ける。
「夏樹ちゃんはわかっているでしょうから先生のために説明しておくと、政治的な意味で今1番力(権力)があるのがゆりあちゃんって事。国家公安委員長のクビのすげ替えも可能だし、法務大臣もそう。だから逮捕・起訴されるなんて有り得ないし、もっと言えばマスメディアもネットメディアもスポンサー契約で縛っているから、お得意の情報操作も使えないわよ」
「あまり大人を舐めてもらっては困るな」
不気味に笑いながらゆりあが言った。
少しの沈黙のあと、夏樹が口を開く。
「まるでなろう系のチートキャラだね。それでも効果範囲は狭いよね。国内限定だもの。こちらはファイブカード。アメリカのCCNとワシントン・タイムズ、イギリスはBBC、中国の星華社通信、変わり種だと日本叩き大好きな韓国の半島日報。それらへのリーク」
今度はゆりあの顔色が変わった。
「ロッキード事件やオリンポス事件、最近だと男性アイドル事務所とか海外メディアが騒いだおかげで日本の捜査機関が動かざるを得ない状況になったものがあるよね」
「それが何よ?あなたも捕まるかもよ?」
マリが先に口を出す。しかし、ゆりあはそのマズさに気づき、顔色を変えている。
「マリちゃん、違うよ。その先だよ。単純に収支で考えると、向こうは不正アクセス防止法で捕まったとして、初犯だし、何より未成年だ。きっと罪に問えない。つまり収支0だ。一方でこっちは大臣の椅子に与党とのつながり、ビジネス上での信頼の喪失など吐き気がするぐらいのものを失ってしまう」
「あまり子どもを舐めるからだよ」
そう言って夏樹は笑った。




