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オムツと私たち  作者: 062


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広井夏樹(3)

おとといのおもらし、昨日の未遂。どちらも思い出したくない失敗だった。今日も失敗したらどうしよう。そう考えると、布団から出るのが怖かった。

でも、学校に行かないわけにはいかない。

登校すると、舞先生に呼び止められ、保健室へ向かうことになった。


「夏樹ちゃん、おはよう」

「……おはようございます」


静かな保健室で、二人きり。舞先生は少し言いにくそうに口を開いた。


「昨日、お腹が痛かったって聞いたんだけど……今日の体調はどう?」

「……大丈夫です」


そう答えながらも、不安が胸の奥に残っている。昨日のことを思い出すだけで、冷や汗が出そうだった。


「無理にとは言わないけど……もし心配なら、おむつをしてみるのも、ひとつの方法かもしれないよ」

「……っ」

「嫌だったら、無理にとは言わない。でも、教室で困るよりは安心できるんじゃないかな」


昨日のことを思い出す。あの時、間に合わなかったらどうなっていただろう? 由香ちゃんに見られていたら? それを考えたら、足が震えた。


「……わかりました」


私は小さく頷いた。

2時間目が終わったあと、由香ちゃんに「職員室にプリントを持って行って」と頼まれた。少し嫌な予感はしたけど、断る理由もなかったので受け取る。由香ちゃんは「よろしくね」とニッコリ笑った。特に深く考えず職員室に向かったけれど、戻ってくるとすぐに3時間目のチャイムが鳴った。


あ、トイレに行くの忘れてた——。


授業中、嫌な感覚がじわじわと襲ってくる。気づいたときにはもう遅くて、体が震えた。なんとか耐えようと足を閉じるけれど、どうにもならなかった。


——ダメだ、出ちゃう……!


音を立てないように力を抜いた瞬間、じわっと温かいものが広がっていく感覚がした。止めようとしても、どうしようもなかった。

おむつの中におしっこをしてしまった、という現実が襲いかかる。顔が一気に熱くなり、心臓がバクバクと鳴った。誰にも気づかれていないはずなのに、周りの視線がすべて自分に向いているような気がした。


——どうしよう。こんなの、絶対バレたくない。


じっとしているしかなかった。恥ずかしさで顔を上げることすらできず、ひたすら机の上のノートを見つめ続けた。

授業が終わると、舞先生がそっと声をかけてきた。


「夏樹ちゃん、ちょっと顔色悪いね。今日は保健室で休もうか」


私は何も言わずに頷いた。

保健室に着くと、先生は一度教室に戻り、私はひとりになった。

おむつを替えようと思い、スカートをめくったその瞬間、スマートウォッチが震えた。


「教室が汚れてないけど、オムツにしたの?」


由香ちゃんからのメッセージだった。

心臓が止まりそうになる。どうして? なんでわかるの?

恐る恐る顔を上げると、鏡に映る自分の顔が真っ青になっていた。

震える指でスマートウォッチの画面を閉じた。その時、保健室の扉が開いた。


「夏樹ちゃん、今日はこのまま帰ろうか」


舞先生は、何も聞かずにそう言ってくれた。

車で送ってもらい、アパートの前で車が止まる。

その時、舞先生が何気なく言った。


「すずめ温泉って、知ってる?」

「知ってますよ。ママの職場です」

「そうなんだ……」


舞先生の表情が曇る。


「昨日、営業自粛を発表したって聞いたんだけど……」

「えっ……?」


一瞬、言葉の意味がわからなかった。

でも、舞先生の次の言葉で全身が凍りつく。


「でも変ね。営業してないのに、春香さん、家にいないの?」

「……っ!」


頭の中で、何かが弾けた。

ママが仕事を休んでいることにすら気づかなかった。でも、休んでいるのではなく、仕事がなくなったとしたら?

そんなことを考えた途端、息が苦しくなった。


——私のせいで、ママの仕事がなくなる?


焦る気持ちを抑えながら、私は急いでPCを開いた。

昨日、ママが早く帰ってきてほしくて、メールの添付データを書き換えた。でも、それが原因で温泉が営業できなくなったんじゃ……?


震える指でキーボードを叩く。手順自体は昨日と同じ。検査機関のサーバーに入って・・・

夢中になって画面を見つめる。焦りで頭が真っ白になり、周囲の音が消えたように感じる。

その時、ふと違和感を覚えた。下半身が温かい。


「……え?」


動揺して足を開くと、そこには……。


「あっ……」


そこでようやく、自分が何をしたのか気づいた。

PCに夢中になるあまり、トイレに行くことすら忘れ、おむつの中にまた……。


後ろで舞先生が何かを考えている気配がした。でも、そんなことを気にしている余裕はなかった。


市役所


「……たった一日で、何が変わったんだ?」


宏の上司は、困惑した表情で資料をめくった。

「昨日、お前が持ってきたデータでは、基準値を大幅に超えていたはずだ。それなのに、今日は基準値以下? こんなことがあり得るのか?」

「こちらをご覧ください。先月の結果です」


宏は淡々と答えながら、上司に書類を渡す。


「これも基準値を超えているな」

「ええ、でも先月に異常はありませんでした。」

「おかしいだろ?」

「そう思ってよく見た結果、先月と今月で単位が変わっています」

「栄養ドリンクであるやつだな!」

「タウリン何ml配合!実際には1gですみたいな」


2人して乾いた笑いがおこる。

そして、上司は核心に迫る。


「完全にウチのミスだな」

「ええ、これが調査機関の標記ミスなら、我々は被害者ヅラでいれたのですが・・・とりあえず先方に伺って謝罪と訂正は行いました」

「あとは補償か?」

「そうなりますね」


宏は書類を片付けながら、時計をちらりと見た。

もうすぐ夜10時。


「……完全に帰るのが遅くなりますね」


静かな市役所のオフィスには、二人の疲れたため息だけが響いていた。


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