橋本風乃(7)
明王義塾高等部。少子化による多角化経営の一環として、来年度から新たに芸大受験コースが開設されるという私立高校だ。
推薦入学の話を持ってきたのは、他でもない私の姉、花乃だった。姉は私と同じく、昼夜おむつで生活している。そんな姉が問題なく学校生活を2年近く送れている。それが私にとってこの高校への、心強い後押しだった。姉は、この明王義塾の進学コースに在籍する特待生。県内トップの偏差値を誇る進学課で、姉は学業優秀、そんな姉が、「風乃のピアノなら、きっと面白いって思うはず」と、少し得意げに誘ってきたのだ。
ピアノは、私にとってなくてはならないものだった。おむつのこと、学校のこと、将来のこと。色々な不安はあるけれど、指先が鍵盤に触れると、心が解き放たれるような気がする。
いつか、このピアノで生きていきたい。ぼんやりと、そう願うようになっていた。
花乃の誘いは、まさに渡りに船だった。まさか姉が、私が進みたいと思っていた音楽の道を、こんなにも近くに引き寄せてくれるなんて。
もちろん、すぐに飛びついたわけじゃない。両親にも、ずっと指導してくれているピアノの先生にも相談した。両親は少し心配していたけれど、私の強い気持ちを伝えると、背中を押してくれた。先生も、「風乃の才能なら、きっと素晴らしい道が開ける」と、目を輝かせて賛成してくれた。
「芸大の先生が直接指導してくれるらしいよ。風乃のピアノなら、きっと面白いって思うはず」
花乃はそう言って、パンフレットを私の前に置いた。そこには、新しく建てられたばかりの音楽ホールの写真と、熱意にあふれた先生たちの紹介が載っていた。同じ敷地内にある姉の通う高等部の校舎は、中学校とは違う、少し大人びた雰囲気だけれど、音楽に打ち込める新しい環境への期待が、私の胸を高鳴らせた。姉も、この場所で自分の夢に向かって頑張っている。私も、姉と一緒に、新しい一歩を踏み出したいと思った。
いよいよ試験の日。
真新しい校舎の教室に、15人の受験生。コンクールで何度も顔を知っている子ばかりだ。
最初は作文。後で弾く自由曲のなぜその曲に決めたのか、それを自己紹介を絡めて1000字以上、2000字までで書くのが課題だった。制限時間は1時間。それでも事前に全員に知らされているので全員の筆記する音がカリカリと教室内に響いた。
予定にない事は突然起こった。作文が終わり、これから実技試験という時に制服を着た生徒2人とスーツを来た中年男性が入って来た。中年男性は朝、試験の説明をした校長先生で、もう2人は1人は135cmの身長の少女に見えるが高校2年生だ。私はよく知っている。姉、花乃だからだ。
そして唯一知らない子も小さい。でも姉と比べると同じぐらいの身長なのにどこか色っぽい。姉が幼女そのものだとしたら、この人は女性を縮小コピーした感じだ。その子が教壇に立ち静かに口を開く。
「1番、4番、8番、14番の方、不合格です。どうぞお帰りください」
え?ちなみに私の受験番号は15番。つまりまだ不合格にはなっていない。私を含めて全員が固まる中、生徒は続けた。
「人生を懸けた大事な試験で、作文に生成AIを使う人は必要ありません」
納得できた。誤字脱字を防ぐために、スマホやスマートウォッチの使用は認められていた。この4人はそれを悪用したのだろう。開き直るように1人が声を上げた。
「生成AIが禁止だなんて、試験説明で聞いてません!」
「そうだね。カンニングとは違うし、ルール内ではある。しかし、ここはわたしの学校だ。誰を入学させるかは、わたしが決めても構わないだろう?あ、自己紹介をしていなかったね。わたしはこの学校の理事長をしている佐藤ゆりあと言います。最後の面接の担当はわたしだから、覚えておいてほしい」
そう女子生徒、改め理事長は言った。




