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オムツと私たち  作者: 062


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橋本風乃(6)

鏡の前に立った私、橋本風乃は、そこに映る自分をじっと見つめた。今日、身につけているのは、もう何度も着た、よく知った服。安心感と、それと同時に、拭いきれない諦めのようなものが胸に広がる。私の手は、いつの間にかお腹のあたりに触れている。おむつの、あの頼りない膨らみを確かめるように。


(また、つけちゃった……)


心の中でそう呟く。その声は、自分にしか聞こえないほど小さい。毎朝、私は心に誓うんだ。「今日は絶対にトイレに行くんだ」って。あんなものに頼らずに済ませるんだって。でも、朝になると、私の決意はいつも、まるで弱い風みたいに消えてなくなる。結局、安心できるのは、これしかないんだ。嫌だって思う気持ちは、もう、ほとんどない。

学校へ行く準備をしながら、私の動きはどこか諦めたようにゆっくりとしている。誰かに気づかれるんじゃないかって、最初の頃はいつもビクビクしていたけれど、もう、そんな気持ちも薄れてしまった。トイレに行きたい衝動を必死に抑えつけて、結局また、おむつに頼ってしまう。それが、私にとっての日常になってしまったんだ。「どうせ、また失敗するんだ」って、心の中で呟いて、授業中も、おむつに頼りながら、ぼんやりと時間を過ごす。

でも、そんな毎日の中で、一つだけ変わらないものがある。それは、ピアノを弾く時間だ。小さい頃から続けているピアノは、私にとって特別な存在だった。指先が鍵盤に触れると、不思議と心が落ち着く。最初は、おねしょのことで頭がいっぱいで、なかなか集中できなかったけれど、最近、ようやくまたピアノに打ち込めるようになってきた。楽譜に書かれた音符を追いかけ、指を動かしていると、嫌なことを忘れられる。

学校から帰ると、私はすぐにピアノの前に座る。今日は、新しい楽譜に挑戦してみよう。指が思うように動かない時もあるけれど、それでも、音を奏でる喜びは変わらない。ピアノを弾いている時だけは、私はただの橋本風乃でいられる。おむつのことなんて、少しの間だけ忘れられるんだ。

そして、また夜が来る。鏡の前に立つ。「どうせ、明日も同じだ」って、心の中で思う。トイレのことなんて、もう、どうでもいいのかもしれない。おむつがないと、不安で仕方ない。これが、今の私なんだ。そう思うことで、少しだけ心が楽になる。最初はあんなに必死で抵抗していたのに、今はもう、それが当たり前で、むしろ楽なんだ。何も考えずに過ごせる、それが一番楽なんだ。

「これでいいんだ、これが自分だ」って、私は思う。おむつを使っている自分を、もう疑うことはない。学校でも、家でも、昼間でも夜でも。最初はこんな風になるなんて、想像もしていなかった。でも、今はもう、それが当たり前になっていた。心の中で何度も「本当にこれでいいのか?」って問いかけていたけれど、結局、その答えにたどり着いた。「どうせ、もう何も変わらないんだ」って。それでも、ピアノの音だけは、私の心に小さな光を灯してくれる。そして、私は、ピアノを弾きながら、今日もまた一日を終えるんだ。


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