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オムツと私たち  作者: 062


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橋本風乃(5)

学校から帰宅した風乃は、まず自分の部屋に入り、バッグを乱暴に床に投げた。いつものように制服を脱ぎ捨て、ショーツをチェックするために、ベッドに座り込んだ。


「……嘘でしょ。」


ショーツの股の部分に、小さな染みができていた。


「なんで……。」


朝、ちゃんとトイレに行ったのに。休み時間もできるだけ行くようにしたのに。授業中に意識して膀胱を気にしていたのに。


「どうして、ちゃんとできないの……?」


焦りと不安で心臓がドクドクと鳴る。これで何回目だろう。最初は気のせいかと思った。でも、毎日少しずつ増えてきている。授業中、なんとなく違和感を感じたときにはもう遅くて、気づいたときにはショーツが湿っている。


「これじゃ……幼稚園児と一緒じゃん……。」


目の奥が熱くなる。でも、泣きたくなかった。悔しかった。こんなことで涙を流したら、余計に子どもみたいじゃないか。


「なんとかしなきゃ……。」


でも、どうすればいいのかわからなかった。


「風乃ー?帰ったの?」


リビングからママの声がする。


「う、うん!今行く!」


慌ててスカートを直し、ショーツの染みを隠すように足をすり合わせる。バレたくない。このまま、なんとか誤魔化さないと。


「風乃、また……?」


お風呂の前で着替えを持っていたママが、ショーツを見て心配そうに顔を曇らせる。


「……っ!」


風乃はギュッと拳を握りしめ、視線を逸らした。


「大丈夫?」


ママは優しく声をかける。だけど、その優しさが今は辛い。


「……べつに。」


絞り出すように答えた。

ママは少しだけため息をついて、静かに風乃の手を取った。


「このままだと、体に負担がかかっちゃうから、病院に行こうか。きちんと見てもらうのが一番だよ。」

「病院……?」


風乃は驚いた。でも、拒否する気力もなかった。


「……わかった。」


小さくうなずいた。



病院の診察室は、思っていたよりも静かだった。


「過活動膀胱ですね。」


医師の言葉に、風乃は小さく瞬きをする。


「膀胱の動きが過敏になっているせいで、尿意を感じる前に漏れてしまうことがあるんです。ストレスや不安も原因のひとつですね。」


説明を聞きながら、風乃は心のどこかでホッとしていた。理由がわかったことで、少し気が楽になった。


「お薬を使いながら膀胱訓練をして、少しずつ改善していきましょう。」


医師が優しく言いながら、処方箋を手渡す。

ママは風乃の手をそっと握り、「一緒に頑張ろうね」と微笑んだ。

その言葉に、風乃は小さくうなずいた。


夕方、風乃はリビングでテレビを見ながらぼんやりしていた。

病院で診断がついたとはいえ、不安が消えたわけではない。薬を飲んだからといって、すぐに治るわけじゃないし、明日からも失敗するかもしれない。


「風乃、少しお話しようか?」


ママの声に、風乃は顔を上げる。


「今日、病院でいろいろ話したけれど……これからどうしていくか、少し考えないといけないわね。」


ママは慎重に言葉を選びながら続ける。


「お薬を使い始めても、まだ昼間の不安は残るかもしれない。」


風乃は小さく「うん……」と答えた。

昼間の失敗が続いていて、それが学校でどうなってしまうのかが怖かった。


「それでね……風乃、学校でのことも心配よね。」


ママの言葉に、風乃はドキリとする。


「もし昼間も失敗が続いてしまったら……やっぱり、おむつを使うしかないかもしれない。」

「えっ……?」


風乃は驚いて、ママを見た。


「そんなの嫌だよ。」


反射的に言葉が出た。


「もちろん、風乃が嫌な気持ちなのはわかる。でも、学校での失敗を避けるためには、それが一番の方法かもしれない。」


ママは優しく、でも真剣な目で風乃を見つめる。


「無理せず、少しずつ慣れていけばいいんじゃないかな?」


風乃はしばらく黙り込んだ。

たしかに、学校で失敗するのは嫌だった。想像するだけで、冷や汗が出そうになる。


「でも……みんなには知られたくない。」


小さな声で、風乃は言った。


「大丈夫、風乃。誰にも気づかれないように、工夫するから。」


ママは優しく微笑む。


「おむつは、一時的なサポート。しっかり治療を続ければ、きっと改善していくからね。」


風乃はゆっくりと息を吸った。

まだ、抵抗はある。でも――。


「……わかった。少しだけなら。」


そう、小さな声で答えた。


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