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オムツと私たち  作者: 062


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橋本風乃(3)

ピピピッ ピピピッ

手首に巻いたスマートウォッチのアラーム音が、静かな朝の空気を破った。

風乃はぼんやりと目を開ける。まぶたが重い。ゆっくりと腕を持ち上げ、アラームを止めた。その瞬間――違和感があった。


(……なんか、変な感じがする)


寝返りを打とうとしたとき、シーツがしっとりと肌に張り付くのを感じた。


「……え?」


心臓が跳ねる。

慌てて布団をめくると、そこには広がる濡れたシミ。


「……嘘でしょ」


たった4日前のことが、頭をよぎる。もうしないと思ったのに。二度とこんな思いはしたくないと思ったのに。


なのに、またやってしまった。


風乃はゴクリと唾を飲み込み、恐る恐る寝間着を触る。案の定、下着までぐっしょりと濡れていた。


(どうしよう……またバレる……)


焦りながら布団を片付けようとしたそのとき、扉がゆっくり開く音がした。


「風ちゃん、起きた? 朝ごは――……」


一瞬で空気が変わる。

ママの視線が布団に落ちたのが分かった。


「……風ちゃん、また、おねしょしたの?」


もう誤魔化せなかった。


風乃はギュッと拳を握りしめ、唇を噛む。


「……うん」


情けなくて、恥ずかしくて、悔しくて。4日前、泣きそうになりながら「もうしない」って思ったのに。

ママは少しだけため息をついて、それから優しく言った。


「風乃、布団が濡れるのは仕方ないけど、毎回洗うのは大変だから……そろそろオムツを使おうか」

「……は?」


一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「……オムツって、あのお姉ちゃんが使ってるやつ?」

「そうよ」


ママは迷いなく頷く。風乃の顔が熱くなる。


「や、やだよ!! そんなの履けるわけないじゃん!!」


オムツなんて、小さい子がするもの。赤ちゃんがするもの。お姉ちゃんは特別だから、仕方なく使ってるだけで。


「でも、このままだとまた布団が濡れちゃうわ。花ちゃんに隠し続けるのも限界だし。風乃も、朝起きてこんな気持ちになるの、嫌じゃない?」

「……っ」


確かに嫌だった。


「お姉ちゃんはずっとオムツだし、風乃も今はそれが一番安心かもしれないわ」


そう言いながら、ママが差し出したのは、見慣れた幼児向けオムツ。いつも姉が履いているやつ。

風乃はそれをじっと見つめた。


(……履いたら、おねしょが治らなくなる気がする)


そんな不安があった。でも、布団を濡らすことを考えたら、もう選択肢はなかった。


「……わかった」


震える手でオムツを受け取った。想像していたよりもずっと薄くて、夜用ナプキンみたいだった。


「お姉ちゃんみたいに、これで安心して寝られるわよ」


ママの言葉に、風乃は何も言えなかった。



オムツを履いて寝るようになってから、少しだけ安心して眠れるようになった。

最初は違和感がすごかったけど、起きた時に布団が濡れてないのは確かに気持ちが楽だった。


(……これで、おねしょしなくなればいいんだけど)


でも、そんな願いはすぐに打ち砕かれる。


ピピピッ ピピピッ


朝のアラームが鳴る。

風乃は目を覚ます。ぼんやりとした頭で、手首のスマートウォッチを止めようと腕を動かす。その瞬間、異変に気づいた。


「……また?」


オムツを履いていたはずなのに、中はぐっしょり。布団こそ濡れていなかったものの、しっかりとおねしょをしていた。


「なんで……こんなに増えてるの……?」


一度ならず、二度ならず、三度目、四度目。いつの間にか、風乃のおねしょはほぼ毎晩になっていた。

脱衣場のカレンダーに目をやる。


(×××……)


そこには、姉の花乃が毎日つけている「おねしょの記録」の隣に、風乃の×印も増え始めていた。最初はぽつんと一つだったのに、今ではほぼ毎日。


「……お姉ちゃんみたいになっちゃった」


そんなことを考えた瞬間、胸がぎゅっと締め付けられる。


(やだ……)


風乃は震える手で、今日の日付にも×印をつけた。


(やだ、やだ、やだ……)


おねしょなんて、たまたまのはずだったのに。10日前、もうしないと思ったのに。今は、まるで「おねしょするのが当たり前」みたいになってる。


「……どうして、こんなに増えちゃったんだろう」


風乃はカレンダーを見つめながら、小さく息を呑んだ。

このまま、本当にお姉ちゃんみたいになってしまうのかもしれない――そんな不安が、頭から離れなかった

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