橋本風乃(2)
お姉ちゃんを見て笑っていた時代が風乃にもありました。
朝、目が覚めると、なんか布団が湿ってる。変な汗でもかいたのかと思って寝間着を触った瞬間、ゾワッと嫌な感触が広がった。
「……は?」
一気に目が覚めた。急いで布団を跳ね上げると、そこにははっきりと広がる濡れた染み。
「嘘……」
寝間着も、下着も、ぐっしょり。頭が真っ白になる。何これ、何で、どうして? こんなの最後にやったの、たぶん4歳とかその辺のはず。
「10年ぶり……?」
信じられない。こんなの、ありえない。ありえないはずなのに。
(と、とりあえず証拠隠滅……!)
風乃は濡れた寝間着を脱いで、こっそり洗濯機に放り込む。布団はどうしよう。とりあえずシーツを剥がして、ベッドの上に押し込んでおくしかない。とにかくバレたら終わる。絶対にバレたくない。
でも、焦っていたせいで気づかなかった。
リビングから聞こえていた足音が、風乃の部屋の前で止まることに。
「風ちゃん、起きた?」
「っ!」
ママだ。
「う、うん! 起きたけど、ちょっと待って!」
「風ちゃん?」
ドアが開く。ママが入ってくる。そして、ベッドのシーツがないことにすぐ気づいた。風乃は冷や汗をかく。
「風ちゃん、もしかして……おねしょ?」
心臓が跳ね上がる。風乃は必死に取り繕う。
「ち、違う! ただ、なんか暑くて……汗かいて……」
「シーツの染み、見えてるわよ?」
「……っ」
逃げられない。誤魔化せない。風乃は歯を食いしばる。悔しい。情けない。
「……ごめん、ママ……」
ママは少しため息をついた。でも、怒るわけじゃなくて、ただ優しい声で言う。
「誰にも言わないから。月ちゃんや花ちゃんには内緒にしておくわ」
その言葉に、風乃はほんの少しだけホッとする。でも、まだ完全に安心はできない。
(お姉ちゃんにだけは、絶対バレたくない……)
そう思っていたのに。
リビングから脱衣所に向かう途中、風乃は運悪く鉢合わせてしまう。
「風乃、なんか寝間着濡れてない? まさか……おねしょ?」
その瞬間、風乃の中で何かが弾けた。
「は!? 何言ってんの!? してないし!!」
「……でも、濡れてるよ?」
「だから、違うって言ってんじゃん!! 余計なこと言うな!!」
お姉ちゃんは困ったように眉を下げる。そして、ぽつりと言った。
「……風乃、無理しなくてもいいんだよ。私だっておねしょしてるし……」
その言葉に、風乃は一気に顔が熱くなる。
(なに、それ……!)
「は? 関係ないでしょ!? お姉ちゃんだっておねしょしてるくせに!!」
声が震えていた。怒りなのか、恥ずかしさなのか、自分でも分からない。
「……そんなに怒らなくてもいいじゃん。気にすることないんだよ」
優しく言われると、余計にムカつく。風乃は何も言わず、ぷいっと背を向けて脱衣所を飛び出した。
(絶対に、認めない……!)
でも、心臓のドクドクはなかなか収まらなかった。




