いつかの夕暮れ②
前回の続きです。
そして、そのままゆっくり少年の方へ右手を差し出した。
「君にこれを渡したかったんだ。この手帳を受け取ってほしい。」
「知らない人から物を受け取るのは危ないって学校で習ったから、受け取れない。本当は話すのもダメなんだよ。」
「確かにそれはそうだな。私が君の立場だったら同じ事を言ってる。というか、逃げてる。でも僕は怪しい人じゃないんだ。」
自分で言っていても説得力がなさ過ぎることがわかるのだろう。少しうろたえている様子が見受けられる。
「ぼ、僕も君に自己紹介したいんだ。本当だよ。でも、それはできない。だから、何も聞かずにこの手帳だけ受け取ってほしい。頼む。」
そして、少年をまっすぐみつめ、喉から声を絞り出すようにこう続けた。
「これが、僕の意思なんだ。」
少年はなんだか懐かしい気持ちになった。
「わかった。なんだかわからないけど、これをもらえばいいんだね。」
おじさんから手帳を受け取り、中を見ようとペラペラとめくってみた。そこには何も書かれておらず、ただただ真っ白な紙がたくさん綴じられているだけだった。
少年がなんだこれとでも言いたげな目線をおじさんに送ると、慌てておじさんは説明を加える。
「今は何も書かれてなくていいんだ。いつかこれが君の、いや君たちの助けになると思う。それまで持っていてほしい。」
「んー。よくわからないけどとりあえず持っておくことにする。なんか受け取らないとおじさん帰らなさそうだし。」
「ありがとう。じゃあ僕はそろそろ行くことにするよ。でも最後に一つだけいいかな。」
そういうとおじさんは少年に右手を差し出す。少年は一瞬ビクッとした後、おそるおそる同じように右手を差し出した。
おじさんは少年の手を包み込むように、でも力を込めながら握りしめた。
「これからいろいろあると思うけど、頑張って。」
そう言うと、おじさんは夕日の光とかぶるように少年に背を向け、そのまま歩いて行った。少年の目にはその小さいようで大きいような背中がはっきりと映っていた。
次の日、少年は昨日不審な人に話しかけられたと担任の先生に報告するのだった。