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生きてこそ

作者: 千紘啓

母からもらったテープレコーダーに記録してあった音声からはじまる、徒然。

母が知らぬ孫が1歳を過ぎた。


可愛い盛りの娘は、毎日新しいことを覚えていく。


片言の言葉は異邦人のようで、


まだこの世界の初心者なのだと思いながら


机に座ってみたり、


椅子から転げ落ちてしまったり


頭を打たないかはらはらする日々が過ぎていく。


9月は母の誕生日だ。


けれども申し訳ないことに


母が居なくなっててから


数年が経ち、


薄情にも誕生日の日にちを忘れてしまう。


父に聞くのもためらわれて


9月のはじめら辺だっけ?と


頭の中で記憶を探りながら


家事と育児に忙殺されていく。


1日、2日ではないよね、


確か5.6日くらい。


一年前に亡くなった愛犬は母と誕生日が


1日違いだったのが拍車をかけて


さらに私は混乱する。


そうして9月の1日め、2日め、3日めが過ぎた。


4日に焦り、5日だっけ?と考えながら


結局は6日になってしまう。


ああそうだ、今度録音オッケーのイベントに


参加するからあらかじめテープレコーダーの


場所を確認しなきゃと思い出す。


イベント自体は9月後半だからまだ急がなくていい


そのはずだけれど、気持ちがいつになく急いた。


私物で必要なもの、証明書や私が重要と


思うものは棚の1番上の朱塗りの箱の中に


入れてある。これは地方大学卒業のときに


全生徒に贈られた地元特産の漆箱だった。


松が描かれた箱を取り出すと、


銀色のテープレコーダーが入ってあった。


あとどれくらい録音できるか見ると、


一時間を切っている。


少し削るかと思い、75まで膨れあがった


音声ファイルの1からさわりを聴いていくこにした。


1を再生すると、いきなり声高なピアノの音と


「いいですかー?はい、いきますよー」


という、はきはきした年配の女性の声が響いた。


何何?と驚きつつ流していくと、


伴奏らしきピアノが終わり、コーラスが始まる。


流れるように、うねるように多くの人が歌う。


このテープレコーダーは、母からもらったものだ。


だから、おそらくママさん


コーラスの録音なんだろうな。


そう思い直して1のファイルから順に聴いていく。


ずっと伴奏とコーラスだ。


10ファイルくらいを聴きながら、


さすがに飽きてしまい、


それ以降は聴き飛ばしていく。


20ファイル、30ファイル。


35ファイル目に入ったときに、ふと聴き飛ばしに


慣れた操作の手が止まった。


それは今までとは異なる、か細い声。


独唱だ。伴奏もなく、ただひとりで


自分の声を、歌声を録音した音声。






生きてこそ…





堂々とした歌声ではなく、自信のない、


恐る恐るの声。


自分があまりうまくはないことを


恥じるかのように、


でも必死に声を張ろうと努力する声。


生前、母は自分の歌う姿を恥ずかしがっていた。


だからコーラスもある意味、必死だったんだろう。



生きてこそ、かあ。


あなたもういないのに、こんな歌詞のテープ


残してから…。



母が死んだのは肺癌だった。


母が発病する3年間に私は末期がん


一歩手前なのががわかり、


母が死ぬ頃にはまだ身体はぼろぼろだった。


母は半年の闘病であっけなく死に、


私は今こうして生きている。


母の知らぬ孫まで産んだ。


この差はなんだろう。





生きてこそ…





テープから流れる母の声は


私に何かを語りかけるように続いていく。


6日がやはり母の誕生日なんだろう。


生きてこそ、我が子を抱け、


生きてこそ、命を繋げられた。


「ありがとう母さん。


ハッピーバースデー」


このテープは母からの


大切な贈り物なのだろう。


贈る側に贈られたけど、


改めて生きるってことに感謝した。


おめでとう母さん。


ありがとう母さん。












読んで頂きありがとうございました。

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