落ちそうな月
「今日はやけに月が大きく見えるね」
「あー、テレビでやってたよ。なんとかムーンってやつだって」
「それにしても大きすぎやしないかい?」
「百何十年に一度って言ってたはずだよ。そのくらい珍しいみたいだし、このくらい大きくてもいいんじゃないかな」
明かりもつけず、僕たちはベッドに腰かけて窓から見える夜空を眺めていた。
向かいのアパートとアパートの隙間から見える空に、五百円玉より一回り大きい満月が金色に輝いている。
「さっきより大きくなってきた気がしないかい?」
「んー、言われてみれば? 気のせいだって言われたら、そっかー、気のせいかーって思うくらいには大きくなったね」
隣に腰かける彼女はいつも通りよくわからない相槌を打ってくれた。
月はこのまま地球に引き寄せられ、日付が変わる頃に激突する。
……なんてSF映画じみた話が頭をよぎる。
けれどそれも所詮はただの妄想。
現実には何も変わらない明日が待っているのだ。
「このまま落ちてきてくれればいいのにな。そしたら明日から仕事に行かなくて済むし」
「えー、やだよ」
珍しく彼女が反論してきた。
「どうして?」
僕は問い掛ける。
「だってさあ、痛いじゃん」
「痛い?」
「うん。あんなでっかい月が落ちてきたら私たちぺちゃんこになっちゃうもん」
「大丈夫。ぺちゃんこになる前に死んでしまうさ」
それはそれでいやだよ、と彼女は言う。
「仕事に行くより死ぬ方が嫌なの?」
「うーん、確実に死ねるっていうならいいかな」
首をかしげながら放った彼女の言葉の意図が僕にはわからなかった。
「だってさあ、月が落ちてきてみんなが死んじゃったとして、私だけ生き残るかもしれないじゃん?
そしたら寂しいじゃん」
月もなくなったら夜は見るものもないし。
彼女は月をじっと見つめながら言った。
「お前だけが生き残るなんてこと、ないよ。お前が生きてるなら他の人だって絶対どこかに残ってる。完全に一人きりになることなんてないさ」
「ふーん。そこ、『俺が絶対にそばにいるから』とは言ってくれないんだね」
「できない約束はするべきじゃないからなぁ」
「まあね。言えてる」
彼女は口元をほころばせ、ばたんとベッドに横たわった。
「それじゃあ、私が死んでも元気でねー」
意味深な言葉を残して布団に潜り込んだ彼女は、すぐにスゥスゥと寝息を立てはじめた。
この幸せな時間を永遠にしておきたい。
そのためにも……。
「月、落ちてこねぇかなぁ」