第7話:道を選ぶもの
身をすくめたタケオの目の前にすべりこんで来たのは、これまた古そうなアメリカンスタイルのバイクだった。銀色にきらめくスポークホイールがゆっくりと回転を止めて、接地するスタンドが、じゃきんとアスファルトを鳴らす。
タケオの目の前で、バイクの主がヘルメットを取った。
長いストレートの髪が胸まで落ちる。切れ長の瞳と、スレンダーなモデル体型の美人さんが、すこし困ったような表情であたりを見まわす。なんなんだ…今日という日は。タケオは美少女センサーの針が再び大きく動きはじめるのを感じた。……ただし、こちらも学ラン着用……。どうみてもシュカの仲間っぽい雰囲気だった。彼女がほっとした表情で口を開く。
「チィ、だいじょうぶだった?」
「リンさぁ〜ん」
ぼーっと立ちすくむタケオの後ろからチィが走りよる。
「戒厳令が出てるのに、ひとりで抜け出すだなんて」
「ごめんなさい。学校のすぐそばだから、だいじょうぶだと思ったの……」
ここではタケオは部外者だった。またむくむくと帰りたい気持ちが大きくなる。
「あいつらが帰ってくるかもしれない。早めにずらかるよ」
遺留品探しを終えたシュカが戻ってきた。リンさんと呼ばれた女性に、ポケットの中の銃と薬莢を見せる。
「これは……スタンマグナム銃?」
「ああ、あいつら、スタンブレードだけじゃなくて、こんなもんも持ってやがった」
「ワイヤー連結型じゃなくて、大口径の弾そのものに電気を帯びさせてから、撃ちだすタイプね。はじめて見るわ」
「帰ってオタケンに解析しもらおう」
シュカは低い声でつぶやくと、タケオに赤いヘルメットを投げてよこした。手の中にずしりと硬い重みが生まれた。
「チィはリンの後ろに乗れ。アニキの方はあたしのケツだ」
タケオは路肩で待つシュカのバイクを見て、もじもじした。
「どうする? まだ決められないのか?」
シュカの声にいらだちが混じる。……きっと短気なB型だ。おっかない。
「……えーと、実は仕事がですね……」
誘いを断る時のいつも癖だ。タケオの右手が内ポケットのケータイを探る。が、ない!さっきの光景がフラッシュバックする。運転席のハゲ頭にジャストミートしたケータイはそのまま……
「あああ!あの!ケータイを、見ませんでしたか!」
シュカが今気づいたのか、という哀れみを浮かべた目で見返す。
「だって、さっき奴らの車の運転席に投げ込んだろ?」
タケオの頭の中がまっしろになる。仕事の連絡が!……というか自分の個人情報は、サムライボーイズが持ってるということに、なる、の、か……?
悪夢だ、これは悪夢に違いない。タケオはごしごしと顔を手のひらでこすった。脂汗が伸びただけだった。
「あいつらに住所も職場も握られてるって訳か。今晩は帰れないな」
シュカがだめ押しの現実を突きつけたが、完全に機能を破壊されたタケオはもう聞いていなかった。無彩色の視界の上に、ただただ絶望の言葉がスクロールする。もう終わった。短い人生だった。いいことなんてなかった。よし。死のう。
ふいに臀部にものすごい打撃を受けた。タケオは悲鳴をあげて路上に転がった。
「ケータイなくしたくらいで、死ぬとか言ってんじゃねーよ!」
どうやらタケオの口から思考がもれていたらしい。
「シュカ!やめなさい!」
あわてた声で長髪の女性が割って入る。
「てめーのケータイぐらいあたしらが取り返したるわ!いいから乗れ!」
真っ赤に燃える二対の目が、タケオを突きさした。
タケオの頭がしびれる。このまま帰宅しても地獄。進んでも地獄……だが、女の子に殺される方がまだ、ましな気がした。
「……はい。パソコンを取ってきてもいいですか?」
シュカはうなずくと、またがったバイクに火を入れた。
タケオは歩道橋の階段の中ほどに転がっているノートパソコン入りのカバンを拾った。起動してみければわからないが、かなりの確立でオシャカだろう。電撃のなごりらしい焼き切れた穴をさすってみる。
階下でシュカのマシンが吠えた。細い指がリアシートを差して、乗れというサインをおくる。階段を駆けおりたタケオは、おそるおそるシートにまたがった。シュカの右手の回転とともに、甲高い排気音が生まれる。鼻先に届く白煙のあまい香り。カチリとクラッチをはなす感覚とともに、すごい勢いでバイクが路上に飛びだした。
「うわっわわわわ」
「下手だな、しっかりつかまってろ」
シュカの手が後ろに伸びて、タケオの手をつかんで自分の腰にまわす。
(腰、細い……)
チィを乗せたバイクが後ろに続く。二台のバイクは闇の中をすべるように進んでいった。