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第4話:朱く煌めくもの

 混乱と痛みが、タケオの小さな世界を押しつぶそうとしていた。

 視界の隅では、でぶと金髪がにやにやと嗤いながら、タケオを見ている。ニットキャップとハゲ男が、ぐったりしたチィの頭と足を持つ。

 ……とにかく、息をさせてくれ。このままじゃ溺れちゃうよ…!

 どこか遠くでバイクの、かぁーん、という甲高い排気音が響きわたる。

 ……なぜこんなに人通りがないんだ。警察は?


「そう言えば名乗ってませんでしたねー、妹さんがいきなり飛び出すもんで」

 赤メガネが再び、黒い刀先をタケオに向ける。

「私はニート狩り専門の独立浪士隊『サムライボーイズ』隊長、クジョーです」


 何を言われているのかわからない。単語だけがばらばらに脳に伝わる。

 ……サムライ、ボーイズ?……なんてセンスのない…ニートって、あのニート?

 タケオは刀から逃げようと、体を精一杯のけぞらせた。息がほんの少しだけ肺に入る。

「……チィは……学生だ。ニートとは……関係ないでしょ……」

 言葉がもどってきた。丁寧語を使っている自分が情けない。光る唾液が地面に糸をひく。


「おや、 ご存知ない? 妹さんはこの先にある『星くず学園』の生徒なんですよ。いい歳した大人が学生服着て、税金をつかって学校ごっこをやってる施設に在籍してるんですよ」

 クジョーと名乗った男が、幼子に言い含めるようにゆっくりと話し始める。


「私たちは、この国を食いつぶすニートや、ひきこもり連中をちょっとでも減らすためのボランティアみたいなもんです。おにーさんは一応、働いてそうだから、見逃してあげようと思ったんですがねー、星くずの生徒の家族ってことじゃ同罪ということでもしかたない、でしょ?」

 意識を取りもどしたチィが暴れだしたらしく、階下の男たちの動きがさわがしくなった。タケオの心臓が破裂しそうになる。


「あの娘に会うのは二度目かなー。前回は右手ですんだんですが、今回はどーでしょうね? まだ文化祭やめるつもりはないよーなので、ちょっと見せしめになってもらいますかね。おっとそれ以上動かなーい。今度こそ、一発で意識を飛ばしてあげますからね」

 

 ……現実にこんな馬鹿がいるのが信じられなかった。なにがサムライだ! こんなヤツらにいいようにこづきまわされて。目の前で妹をさらわれて……!

 言いたいことがたくさんあるのに、言葉が出てこない。タケオは震える手で、冷たい歩道橋の手すりを握った。


 ふいにすぐそばで、爆音が聞こえた。バイクのエンジンを空ぶかしするあの音だ。

 クジョーは刀を向けたまま、歩道橋の階段から道路をのぞいた。階下の男たちも、全員音のする方に顔を向けている。

(警察……?)

 へたりこんだタケオの位置からは声の主の姿が見えなかった。歩道橋の側面に設置された半透明の壁材が目隠しをしている。手すりをつかんだ両手に力をこめて、両足をふんばろうとした。いつでも助けの声をあげられるように、深く息を吸いこむ。

 ガチャリ、と金属が固いものにぶつかる音がした。バイクのスタンドかもしれない。規則的になったドドドド、というエンジン音をバックに、怒りをこめた低い声が響きわたる。


「おい! 外道ども! ……ウチの学生に何やってんだ? 」


 警察じゃないのか? しかも女の声……! 救いを求める気持ちが急激になえていく。

 だが、タケオの絶望と反するように、サムライボーイズたちの顔つきと動きは一変していた。さっきまでの「遊び」のような高揚感はまったく感じられなくなっている。

 クジョーが黙ったまま、二またに別れた反対側の階段へ走り出す。タケオを振り返りもしなかった。

 階下では、でぶと金髪が背中から黒い刀を引き抜くのが見えた。ぱりぱり、という音とともに、刀身が青い閃光を放つ。ふたりは重心を落とすと、じりじりと声の主の方へ接近していく。

 

 気合いをこめた叫び声と同時に、ふたりが同時に遮蔽板の向こうへと、飛びこんでいった。

 でぶが体重をのせた一撃をフルスイングする。

 金髪が刀を腰だめにして突っ込む。

 

 息をのむタケオの耳に、高速で飛来するハチの羽音のような風切り音が届いた。

 交錯する閃光と悲鳴。遮蔽板の向こうで、青い光と赤い光がフラッシュのように光る。

 一瞬間を置いて、ぐえっという押しつぶされたような悲鳴があがった。

 突っ込んでいったはずのふたりが、逆再生したように、もといた場所へと吹き飛ばされるのが見えた。ワゴン車のエンジン音が重なり、いつの間にか運転席に乗り込んだニットキャップの男が怒声をあげた。

「相手がわるい! 全員車に戻れ!」


 その声もむなしく、赤い光の主はサムライボーイズを的確に急襲していた。

 赤い燐光と短い羽音がする度に、立ち上がろうとするでぶと金髪の体が苦痛のステップを踊る。まったく反撃のスキを与えない。

 突然、バシュッ! という乾いた炸裂音がした。混乱した戦場が一気に動きをとめる。

 ……まさか銃声? タケオの足から再び力が抜けていった。夜空にクジョーの、のんびりした声が響く。


「はーい、形勢逆転といきましょーか。武器をすてなさい。この女の頭に電パチをぶちこむ前に」

 チィの悲鳴とも泣き声ともつかない、ちいさな呼吸音がタケオの耳に届いた。

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