表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/23

第22話:星を捨てるもの

 シュカとリンが、体重を感じさせない身の軽さで、ステージの上に立った。

 赤と黒の髪がふわりと揺れて、元の位置におさまる。

 副会長がゆっくりと立ち上がり、シュカの方に向き直る。


「クガ、ずいぶん話が上手くなったじゃねぇか。 実家のお寺を継ぐ決意でもしたのか?」

 シュカのマイク要らずのハスキーボイスが、真っ向からクガへの銃撃を開始した。

「おまえの言ってることはいちいち正しいよ。でも根っこにある気持ちはどうなんだ。文化祭が中止になってほっとしてんじゃねぇのか。くやしいけど、でもしかたがない。そう思ってんじゃねぇのかよ。あいつらが、文化祭をぶっつぶしたくらいで満足するわけねーだろうが。次は運動会か、卒業式か? その度にごめんなさい、弱いんで戦えません。命だけは助けてください、ってお願いしながら、頭を下げて生きてくのかよ」

「シュカ、これは決定事項じゃ。今後のことは追って協議する」


「待ってください」

 シュカの隣で、冷静な目を向けていたリンさんが割ってはいった。

「団長の暴言はさておき、わたしたち応援団が、文化祭の中止を決定する場に呼ばれていないのはなぜですか?」

 話を打ち切って、ステージを降りようとしていたクガの動きが止まる。

「……応援団は二年前の校内事件の解決を評価され、学内外の治安維持をまかされています。これまでも重要な議題の決定の場には、経営会、部活動組合、生徒会とともに決定権を持って参加させてもらっていたはずです」


 リンさんの声は、おだやかだったが、一歩も引かない気迫にみちている。

 クガがにらみつけるように息を吐いた。

「それも後ほど説明する……じゃあ聞くんじゃが、応援団はどうしたいんじゃ?」

「文化祭をやるべきだ。たとえ半日でも、1時間でも」

隣に立つシュカが間合いを詰めるように言い放った。リンさんが後を続ける。

「私たちが一番おそれているのは、被害の拡大ではありません。見えない敵からの暴力によって、心が折れてしまうことが一番こわい。生きる場所が見つからなくて、長い旅の果てに偶然集まったわたしたちです。やっとたどりついたこの場所を、また失意と絶望のうちに手放してしまうのですか? そもそもこんな時のために応援団が存在しているのではないでしょうか。私たちは、この学校を守り、戦うために武装をゆるされているのではないですか?」

 隣を見ると、チィが両手を口に当てて、涙をこらえている。

 正直、タケオ自身はさっきのクガの意見に納得していた。それは大人の考え方だった。

 ……でも他にも道があるとリンさんは言っていた。その道は険しいから誰もが見ないふりをするのだ。

 

 副会長が、腹にひびく低い声を出した。

「そがぁに血を見たいんか、リン。文化祭をエサにサムライボーイズをおびきだして、たたくつもりじゃないんか? それまでに何人の生徒が血を流すんじゃ? それで捕まらん時は、誰が入院することになるんじゃ? みんながわれ達みたいに強いわけじゃあないんじゃ!」

 リンさんが哀しそうに微笑む。

「エサになるのはわたしたちです。文化祭まであと一日。応援団のすべてのコネクションを使ってサムライボーイズを探します。しかし応援団が校外にいるあいだ、誰かが校内を守らねばなりません。本当はそれを生徒会や、有志学生にお願いしたかったのです。血を流すのはわたしたちだけで十分です」

 クガはふーっと深いため息をついて、どっかりとステージの上にあぐらをかいた。

 頭をガリガリとかくと、応援団から目をそらすようにして再び口を開いた。

「シュカ、リン、われ達を文化祭中止の会議に呼ばんかったなぁ、今回の襲撃事件に関して、応援団が信頼がおけんと判断したからじゃ」

 シュカのとび色の瞳が凍りついた。

 ステージを取り巻く学生から、どういうことだ……という困惑のざわめきがおこる。

「応援団の活動にゃぁ、たくさんの成果がある反面、そのイリーガルな手段から恨みを買うことがあるんじゃ。われ達が解決した事件の加害者からも、3件の訴状が届いとるんを知っとるか? いままでわれ達がぶっつぶしたり、ケンカをしてきた敵たちが、この事件の裏にいないと言い切れるんか? われ達の存在が、新たな暴力を呼びよるっちゅーこたぁない、と言えるんか?」

 タケオの頭に、部室でリンさんと話したときの沈んだ表情が浮かんだ。

 周囲のざわめきは、波紋を描きながら集まった生徒達に、不安を伝播して行く。

「……今回の一連の事件じゃー、応援団が厳戒パトロール体制を引いておきながら、すべての犯行現場で犯人を取り逃がしとる。ほいで、犯行声明文にわしが読みあげんかった箇所がある、みんなにゃー聞かせとぉなかったんじゃ」

 クガはゆっくりと足下の8枚の紙切れを集めて、並べ直した。


「いっちゃん最後の文の後に、続きがあったんじゃ。『——われわれを見つけることはできない。蟲どもの中にも我々の仲間がいる。おまえらが団長と呼んでいる女だ』……シュカ、われは、ほんまににわしたちの仲間なんか? わしたちゃー、応援団を信じてええんか?」

  

 シュカが切れる、と思った瞬間、ノアが猿のようなすばやさで、ステージに飛び乗った。

 言葉にならない叫びをあげてクガにおどりかかる。

 紙片をにぎったまま動きを止めた副会長が目をつぶった瞬間、その突進がぴたりと静止した。

 ハルカと、エミリーが、ノアの腕を間一髪で捕らえている。

 ぶるぶると震えるノアの目から銀色のしずくがこぼれ落ちた。

 

 シュカがかたまっている副会長の前まで、ゆっくりと歩いてきた。

「団員が無礼をしたな。すまなかった」

 クガが額の汗をふいた。

「わしゃあこの情報を信じとうない。わかってくれ。じゃが今応援団を動かすんはリスクが多過ぎるんじゃ」

「あたしが、原因どころか、疑われているってわけか……」

 赤毛のパンクヘアーをゆっくりとまわして、シュカは言った。

「リン、団長代行を務めろ」

「シュカ姉!」

 ノアが泣きながら叫んだ。シュカが胸元から、くしゃくしゃになった白い封筒を出して、クガの前に置いた。

「退学届だ。預かれ。あたしはすべての武器を返す。でも他の団員の権限を停止したりしたりしはしないでくれ」

 低いシュカの声に、副会長が顔を上げた。

「あたしが、この事件に関わっていないのことを信じられるのは、あたしだけだ。ただあたしが原因になって襲うやつがいるってのもハズレじゃないだろう。ここからは、星くず学園の生徒ではなく、ひとりの人間としてサムライボーイズを追うよ」

 立ち上がって学ランを脱ぎ捨てたシュカは、まだ若く、傷つきやすい女の子に見えた。

 ノアがよろよろとシュカに近寄ろうとした。ハルカとエミリーも目が真っ赤だ。

「ついて来るな」

 シュカは背中越しにノアを止めると、リンさんに学ランを渡した。集まった生徒をぐるりと見渡す。

 タケオと目が合うと、かるく謝るような手刀を切って、バイク置き場の方へと去って行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ