第21話:耳をかたむけるもの
朝4時。夏の朝陽が登る寸前の一番暗い時間。
タケオやチィは、不安げな表情の学生たちをかきわけて中庭のステージの最前列を目指した。
中庭の中央に設置された作りかけのステージと、夜明け前の闇を切り裂く工事用の照明。
ステージを取り囲むように立つ、オレンジ色のジャンパーに染め抜かれた「生徒会」の文字。
説明を求める学生たちが、ステージを十重二十重に囲んでいる。
困惑と不満が入り交じる空気は、分刻みでその濃度を増し、すでに最前列では小競りあいが始まっているようだ。
ようやく3列目までたどり着いたタケオは、素早くシュカ達の姿を探したが、見つけることができなかった。
「ちぃたぁしずかにせんか! 大人じゃろうが!」
キーンというハウリングと共に、なまりの強い、聞く者をねじふせるような怒声が頭上から鳴りひびいた。
振り向いたタケオの視線の先には、ステージ上に仁王立ちする長身の男の姿があった。
和風のライオンを思わせる、全方向に広がる硬そうな黒髪。青筋の浮いた猪首と四角いアゴ。
太い眉毛の下に鎮座するぎょろりとした眼光をフルに生かして、詰め寄っていた学生を黙らせる。
着古した制服ズボンにサンダル姿。盛り上がった肩の筋肉の上には、生徒会のジャンパーがひっかけてある。
タケオは隣のチィに、あれがありすなの? と聞いてみたが、無視された。
「生徒会副会長のクガじゃ。みんな色々ゆいたいこともあるじゃろーが、まずは座ってつかぁさい」
ふいに口調をゆるめて笑顔を作ったクガは、スタンドマイクを前に、ぐるりと集まった面々を見わたした。
興奮していた学生たちが、周りを見渡しながらばらばらと腰を下ろしはじめる。たいした迫力だ。
太い首に息を送りこんで、クガはしゃべりはじめた。
「今、この星くず学園は未曾有の危機に見まわれとる……ミゾウって漢字かけるか? わしゃあ書けん。そがぁな低学歴のわしが愛してやまないこの学校を襲う事件が、相次いで起こっとる。今日だけで2件。被害者は9名……やったなぁ誰じゃ?」
サムライボーイズだ! 怒りの声がおこる。生徒会と学生とのコール&レスポンス。普段はそれなりに信頼関係があるのかもしれない。
「わしゃあ憎い。サムライなんちゃらと名乗る卑怯モンらが憎くてたまらん。みんなと同じか、それ以上じゃ。わしも文化祭を楽しみにしょったんじゃ……じゃけぇ生徒会はずっと話し合いを重ねてきた。文化祭をどーにか、無事に続けるための会議を」
中庭の温度がじわじわと上がる。タケオと肩が触れるチィの体温も心なしか上昇している気がする。
「じゃが、さっき状況が変わったんじゃ。みんな、わしの話じゃーのぅて、会長の言葉が聞きたくて集まったんじゃろう。ありすの声を」
クガの顔がゆがんだ。一斉にざわめきが広がる。
「ありすが撃たれた。ついさっきじゃ。4階生徒会室の、道路に面した窓ガラスごしに、ペットボトルランチャーが撃ち込まれたんじゃ……ありすは、窓の近くにおった、他の生徒をかばって、ガラスの破片を浴びたんじゃ。さっき病院に運ばれたが、顔に傷が残るかもしれん……! ほんまに、神も仏もない世の中じゃ……!」
ガツッと音がして、タケオの足下に、ペンキを塗るスポンジローラーが飛んできた。隣に立っていたタオルを頭に巻いた男子学生が、塗料にまみれた両手を顔にあてて、ちくしょう、とうめき声をあげた。
「撃ちこまれた弾にゃあ、サムライボーイズからの手紙がついとったんじゃ。これから読むぞ」
かさり、という紙が開く音を、ハンドマイクがひろった。
「われわれはこの国の行く末を憂う侍である。
この国に税金を納め、この国の未来に希望と責任を持つ者である。
しかし近年、なまけた心を持ち、責任を他人に押しつけ、国民の義務を果たさず、
自我ばかりを肥大させて、われわれが作った社会を食いつぶす蟲が増えている。
蟲どもは国を疲弊させるのみならず、時に凶悪犯罪を起こし、
われわれの社会に大きな傷を残すが、罰せられることは少ない。
われわれは、蟲どもを断罪し、処刑するために結成された侍の軍団である。
われわれはこの街に巣くう無能力な蟲どもに天誅を下すことにした。
蟲を飼い蟲を再生産する学校、蟲を保護しようとする愚者たちも同罪である。
われわれは昨日から何匹かの蟲を狩った。次は蟲どもの不毛な祭りの中止を命ずる
祭りが中止されなければ、さらに多くの蟲の命が消えることになる。
われわれを見つけることはできない……」
クガは犯行声明を読み終えると、太い指でまっぷたつに引き裂いた。
2つが4つ、4つが8つと、足下に紙片が次々と舞い落ちる。
「死にゃーええが、こんなヤツら……!」
四角いあごが吐き捨てるように動いた。
「思想も脳味噌もないクソったれの戯言じゃ。じゃけん……襲撃が始まって一週間が過ぎても、いまだやつらのアジトを特定することができとらんのも事実じゃ」
クガの口調に苦いものが混じる。
「みんな知っとるじゃろうが、ウチの学校と、警察との関係は良好とはいえん。いま警察が介入すりゃー、文化祭の中止どころか、学校の運営停止も予想ありえるんじゃ。ほぃじゃが、こんだけの被害が出てしもーた今、自力でみんなを守ることは危険すぎると判断した。海外視察中の理事には連絡が取れとらんから、わしら生徒会は、経営会、部活動組合、文化祭実行委員会、の四者と協議した結果、サムライボーイズからの生徒の保護と、学園の存続を最優先課題として、今回の文化祭の中止を決定したんじゃ……みんな、ほんまにすまん」
クガが、板張りのステージの床にヒザをつくと深々と頭を下げた。いまや聴衆は水を打ったように静まり返っている。クガが顔を上げた。
「……以上の理由にて、今日この時点をもって学生は解散とする。土曜日……もう土曜日か。と明日の日曜日の登校は禁止。意見のある人についちゃー、個別に生徒会が対応するけぇ。帰宅についちゃー、もうすぐ始発が動きだすんで、それを利用してくれ。最寄り駅までは生徒会がパトロールする。気いつけて帰ってつかーさい……」
たんたんと言葉をつなぐ副会長の語尾が終わる寸前、甲高い爆音が校門の方角で鳴り響いた。2台、3台と、バイクが停まる音が重なる。
かすかに、朝陽が昇り始めた薄紫色の校門をくぐって、応援団の5人がステージを見据えてまっすぐに歩いてくる。
中庭の敷石をたたくラバーソールの音。学ランの裾が一歩ごとに風をはらむ。
先頭のシュカの後ろには、リン、エミリー、ハルカ、ノア。シュカの口は一文字に結ばれ、とび色の瞳は煌々と燃えている。
ステージを囲む人垣がふたつに割れて、朝陽を背負った一団はステージの最前列までたどりついた。