第20話:再びつながるもの(後篇)
5分も泣いていただろうか。
タケオは、ようやく話が続けられようになったチィに、シュカとの出会いをたずねた。
「この学校を知ったのは、去年の夏だったの。馬鹿みたいな話だけど、学園もののドラマを見てたら、学校に行きたくなって。でも20歳こえてる、ってカウンセラーの先生に話したら、ここを紹介してくれたの」
チィの表情が、ふいに優しくなった。そうだ不登校になる前の妹は、よくこんな顔をしていた。
「見学を申し込んで、体調がいい季節だったから、ひとりで行ったんだ。その時に校舎を案内してくれたのがシュカだったの。ああ、ここにもヤンキーがいるって、思って身がすくんだ。校内を案内しているんだけど『そこ職員室』『そこ食堂』くらいしか言わなくて。あまりにサービス精神がなさすぎて唖然としたのをおぼえてる。でも、終わりぎわに、アタシの方に振り向くと、
『あたしもこの学校もあんたを救うことはできないけど、あんただけは、あんたを救えるよ。キョーミがあるなら、明日の朝6時に、校庭に来な』
って笑いもせずに言うんだ。
それまで、フリースクールも、専門学校も沢山の言葉をくれたけど、どれもアタシには立派で、まぶしすぎたの。……シュカの言葉はそんなこと言うか!って思ったけど、この人は嘘はつかないようにしてるって思った」
タケオはうなずいた。
「で、朝六時に行ったのか?」
「寝ちゃうと起きれないから、徹夜して行ったの。そしたら……」
「そしたら?」
「朝練やってた。応援団が」
「朝れ〜ん? フレーフレーってやつか?」
「それ。学ラン着て。その頃はノアがいなかったから、4人で」
「引かなかったのか?」
「正直引いたよ……でももうシュカと目が合ってるからね。逃げ出せない。結局、練習が終わるまでずっと見ていたんだ。……不思議なもんで、はじめはダサいって思っていても、4人がきれいに声を合わせたり、型がぴたっと合うのを見ていると、妙にすがすがしいっていうか、ぐっときちゃって」
「みんな美人だしなー」
「それもあるかもね……でもどちらかと言うと、シュカ達のキラキラ感にやられちゃったのかな。ああ、あたしはずっとこれを失い続けてきたのか……とかね。30分くらいで練習は終わったんだけど、そこでまたシュカが言うの。『明日また同じ時間に来いって。ビデオ係をやれ。』って」
「なにそれ!」
「なんだか世界応援団大会の予選に送るとかで」
「あんのかよ!」
「知らない。それから3日間ビデオ係をして、いつの間にか入学してた」
……チィの笑顔は本物だった。歩道橋の上で会った時に存在したふたりの間の壁が、いつの間にかうすくなっている。幼い頃、捨て猫を拾ってしまい、ふたりで引き取り手を求めて、近所をうろつきまわったことや、台風の日に窓の外を荒れくるう風と雨を、ふたりでじっと見つめていたことを思い出した。
なごんだ気持ちが、食堂のスピーカーからの音声によってふきとんだ。
「生徒会より連絡します。経営会、部活動組合、文化祭実行委員会との協議の結果、本日土曜日の朝6時をもって、文化祭の中止を決定します」
チィがタケオの顔を見る。青ざめた唇が、まさかという形に動いた。
「これから中庭仮設ステージにて、生徒会から今後についての説明をします。説明後は全員帰宅となります。今すぐ、文化祭の準備作業を中止して、中庭に集まってください。くりかえします……」
にわかに廊下の先の階段が騒がしくなる。あちこちの教室でドアが開く音が聞こえた。
「どういうことなんだ? 警察が介入するのか?」
「……わからない。どうして……いっしょうけんめい準備してたのに」
「生徒会ってそんな権限があるのか?」
「最終決定権はあると思う、でも、ありすがそんなことを言うなんて……」
「アリス?」
「今の生徒会長よ。シュカと同じ二回生の女子なんだけど、みんなからすごく慕われてるの」
「その娘が決めたなら、文化祭が中止になんのか?」
「わかんないよ! アタシだって今聞いたとこなんだから! 」
タケオはぶすっとした顔で立ち上がった。
「とにかく中庭に行くぞ」
チィが大きくうなずいて、冷えたコーヒーを飲み干した。