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第18話:居場所を探すもの

「い、行かなくていいんですか?」

 極めて正確な歩調でタケオの前を歩く、ハルカの背中に声をかけた。

 さっきの轟音が起きた現場を確かめようとする、何人かの学生とすれ違った。

多くは角材などで武装しているようだ。戦場を思わせる乾いた空気に、タケオの

のどはからからだった。沈黙には耐えられない。説明がほしい。何かをしゃべって

いないと精神が持ちそうになかった。

「生徒会室って言ってましたよね……?あ。まさかシュカが……?」

 ハルカが足を止めた。タケオの心臓がはねあがる。まずい。

「少しだまれ。臆病者」

 重い前髪のすきまから覗く、深緑の瞳が真っすぐにタケオの顔を射抜いている。

 それでも言葉を続けようとする唇と、よせと止める理性が交差し、

タケオは頬を熱くしたまま、うつむくことになった。

 再び、ハルカが前を向きなおった。1歩目と同時に呟く。

「やれることをやる」

 タケオにかけた言葉なのか、すべての行動の説明なのかわからなかったが、

唯一の言葉に、タケオも黙って歩きだした。


 保健室の前まで来ると、ハルカは左腕に巻いた腕章を、入り口のセンサーにかざした。

 プシュッという圧縮音とともに、扉が開く。

 中には、弱冷房が効いた空気と、カーテンが閉じられた2つのベッド。そして事務椅子に

腰かける、白衣の初老男性がいた。

 肩まで伸びた、無造作にうねる硬そうな銀髪の頭が振り返る。太い眉と、ここだけは

手入れをかかさないと思われるカイゼルひげが、ぴんと突っ立ている。どこか、老いて船を

降りることになった『艦長』を思わせる風貌だ。

「けが人が来る」

 ハルカが告げると、艦長は、少しの間四階の方向に目をやっていたが、とんとんと、

腰のあたりをたたきながら立ち上がった。いつからいたのか、膝の上で丸くなっていた

三毛猫(!)が飛び降りて、不満げな声をひとつあげた。

「具合はどうだね」

 艦長が、カーテンの向こうへ声をかける。しわがれていても、語尾に張りのある不思議な声だ。

「はい。もう大丈夫です」

 ジャッと、カーテンが開いて、ジャージ姿に着替えたチィが顔を出した。

「悪いが急に大繁盛だ。場所をゆずってくれるかね?」

「寝たら、元気でました。ありがとうございました」

 チィの頭が深々と下がる。昔の妹は、こんなにはっきりとあいさつができる奴じゃなかった。

 ふと、艦長の後ろからのぞきこんでいるタケオに気づくと

「おにーちゃん、制服似合わないねー」

とへらず口をたたいた。やっぱり変わらない奴だ。

「しかし、どこへ…」

 居場所を転々としているタケオは、心もとない気持ちで呟いた。

 艦長が、振り向いてタケオの顔をまじまじと見つめる。

「不器用そうだが猫の手よりマシか。手伝え」

 午前2時。事務机に場所を移した猫が、くしゃみをした。


 それからの1時間は忘れようにも忘れられない。

 4階の生徒会室から次々に運び込まれている怪我人の対応に、タケオは翻弄されっぱなしだった。

 外に面した窓ガラスを簡易ロケット弾で破壊されたらしく、多くの受傷者はガラスの切り傷で

 血に染まっている。

 艦長が、手早く重傷者を見極め、ハルカの運転する車両で病院に運ばせる指示を飛ばすと、

ルーペを片目にはさみ、ピンセットで細かなガラスの破片を抜く処置が始まった。

 もちろん抜かれる方に麻酔などはない。痛みをこらえるうめき声に、タケオの足は震えた。

「おにーちゃん。手伝って!」

 チィがジャージを血で汚しながら、蒸気を上げる大きなヤカンを下ろそうとしていた。

 タケオは、チィのギブスで固定した指から、ヤカンを取ると、火にかけたタライにお湯を

注いだ。再沸騰させると、艦長が使ったメスやピンセットをぶちこんで煮沸消毒する。

ふきんの上にあげて水気を取ると、お湯を入れ替えてその繰り返し。

「ガーゼを出せ!足下の棚だ。右!」

「床の血をふけ、すべるぞ!」

 合間に、縫合を始めた艦長のがらがら声が飛んでくる。大きい声で返事をしないと

負けてしまう。いつ間にかチィは看護士役で、不自由な手を忘れたかのように、消毒から

包帯巻きまでをこなしている。

 濃い消毒薬の匂いから逃れ、モップに洗いに廊下へ出ると、まだ10人ほどの怪我人が座り込んでいた。

軽症らしいが、みんな白い顔でへたりこんでいる。

「……まだ、かかるんですか?」

 泣いている女子学生のつきそいのおばさんがタケオに目をむいた。

不思議に、『関係ない』とは思わなかった。

「すいません。先生もがんばって急いでます。欲しいものはないですか?」

 女子学生が、紫色の唇を震わせて、さむい……と呟く。

 見ると並んでいる人の多くが、ショックのせいなのか両手で体を抱えるようにしている。

「毛布持ってきます」

 タケオはチィに声をかけると、備品倉庫へ走った。

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