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第17話:新たに立つもの

 美術室から一階へと続く階段を、タケオは無言のまま降りた。察したのかノアのおしゃべりが止まっている。

 像を見た時の心の震えが、まだ止まらない。

 くそったれ。なんで今までチィと話そうとしなかったんだ。あんなに……。

「ノア!」

 タケオの思考を打ち破るように、大きな呼び声がした。

 振り向くと、昇降口の下駄箱の前にふたりの女性が立っていた。応援団の証ともいえる学ラン姿に、腕章。パトロール帰りなのか、小脇にヘルメットを抱えている。

「エミリー姉! ハルカ姉!」

 ノアの表情がぱっと明るくなる。

 

 エミリーと呼ばれた娘は、たぶんストレートの日本人ではないだろう。バランスの取れた長身に、南の国の血を感じさせる褐色の肌。乾いたプラチナ色のスパイラルパーマの前髪の間から、タケオを興味深そうにのぞく瞳が異常に色っぽい。はだけた学ランの下にはピンクのポロシャツ。どミニスカの指定スカートから伸びる二本の足に、釘付けになる危険性を感じたタケオは、その隣に立つ女子に視線を移した。

 ハルカという娘は、華奢な身体に少し大きめの上下の学ラン姿だ。他の団員とちがって、つめ襟のホックをきちんと閉めている。少し長めのボブカットの前髪が、目をおおっているため表情がわかりにくい。だがタケオの直感はこう告げていた。……この娘、結構な「隠れ巨乳」じゃないか?

 ノアが心配そうな声で話しかけた。

「襲われた生徒の具合はどーでした?」

「ババ、骨折。全治四週間。他ノ子タチ、ショック受ケテル。帰ラセタ」

 少し硬いアクセントだが、簡潔で聞き取りやすい発音だった。エミリーは、ばさばさするほど長い睫毛を伏せて、ヘルメットでつぶれた髪に空気を入れた。タケオの鼻先まで甘い南国の香りが届く。


 前髪ごしに目線を上げたハルカが、ささやくような声で訊ねた。

「……どちらの方」

 借りた制服を着ていても、部外者はすぐわかるらしい。

 ノアの間違いだらけの紹介がはじまる前に、タケオはさっさと自己紹介をした。

「昼間部のチィの兄の、タケオです。夕方にチィと一緒に襲撃を受けたところを、シュカさんに助けられました。今はノアさんに学校の案内をしてもらってました」

「……翠谷ハルカ(みどりやはるか)です」

 ハルカは数ミリだけ頷くと、表情を変えずに名のり返した。……あまり歓迎されていないのかもしれない。割り込むようにしてエミリーが右手を差し出した。

「チィの兄貴カー。似テルッチャ似テルカ? イヤ、似ナクテ良カッタノカ。小金井・エミリオ、(こがねい・えみりお)、ツウショウえみりーネ」

 ピンク色のぷっくりした唇から白い歯がこぼれると、まわりの空気が明るくなる気がした。とまどいながら手を握りかえす。マウスより重いものを持ったことのないタケオの手のひらより、はるかに厚くがっしりとした筋肉に覆われていた。

 とにかくバリーエションの豊富な部だ……しかも全員に個性的な魅力があって正直迷う……いや、嘘だ。シュカにはかなわない。タケオは心の中のボイスレコーダーにぶつぶつと感想を記録しつづけた。

「えーと、タケル? タケオさんは、サムライボーイズのせん滅作戦とぉ、スクールシンボルの制作を手伝ってくれます!」

 超個人的な妄想にひたっていると、ノアの口から卒倒しそうな台詞が飛び出した。何を言ってるんだ、このハムスターは! 反論しようとする前にハルカが呟いた。

「……ほんきで」

「ええ、はあ。まあ……。いや、仕事もあるんで、いつまでいられるかは約束できないんですが」

 ハルカの視線が、タケオの左手の包帯に注がれる。

「……つぎは怪我じゃすまない」

 言外の圧力がどんどん大きくなる。いや、やっぱ無理です。おとなしく帰ります。弱気の虫がうぞうぞと巣穴からはい出して来る。

「オドシテドースンダヨ。気持チハアリガタクモラットケヨ。タダ……」

 

 突然、同じ校舎の上の方で、ガラスが割れる音が聞こえた。一拍遅れて、悲鳴。

エミリーとハルカが、顔を見合わせる。

 ハルカが昇降口を上履きのまま、中庭に向かってかけだす。振り返って校舎全体を見上げると叫び声を上げた。

「……西・四階、生徒会室!」

「のあ!来イ!」

 言うが早いか、エミリーの長い足が二段抜かして階段をかけあがる。歩幅のせまいのか、必死で食らいつくノアが、踊り場で振り帰った。

「タケオさん、ハルカ姉と一緒に、保健室に!」

 呆然としているタケオに後ろに、ハルカが立っていた。

「……こっちよ」

「いや、忙しいでしょうから、場所を教えてもらえれば……」

 ぴくりとも表情を変えず、立ったままタケオを見ている。なんなんだ。この娘は。おっかない。

「はい。ついてきます。」

 また数ミリ頷くと、ハルカは、暗い廊下を先に立って歩き始めた。 

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