第16話:翼を求めるもの
その後、部室棟、講堂、体育館と併設された柔剣道場と、ノアの明るい声での案内が続いた。
そんなに大きくもない敷地だが、この生徒数ではまだ余るのか、使われていない教室も多い。外から見る限り、今にも廃墟になりそうなほど老朽化しているように見えた校舎だが、意外と内装や設備はちゃんとリフォームされている。
「でねー、自分はシュカ姉と、リン姉に憧れて入団したんですよー」
いつの間にか、ノアの話は学校案内から、身の上話にシフトしている。団長と呼ばなくていいのか?
「あたしはー、となり街で武闘派なギャルサーやってたんだけど、その時すっごいヤな奴らに目ぇつけられちゃって、もうダメだって思った時に、んふふふ。二人が風のように現れて、ばったばったと悪い奴らを倒しちゃったの! もうその時のシュカ姉の美しさったら!」
バンバンとタケオの背中を叩く。
「当時はまだ未成年だったから、この学校に入れなかったんだけどー、今年の四月にやーっと入学してね、応援団に入れてください!っつって土下座したの。最初はダメって言われたんだけど、部室の前で3日3晩お願いしてたら、意識失っちゃってー、病院運ばれて目が覚めたら、ベッドの上に学ランが置いてあったの!うくく! あ、美術部だ。見てく?」
突然ノアが回れ右をして、部室らしき部屋に入っていった。タケオもあわてて後を追う。うす暗い室内の中は、油絵具と強い木の香りがたちこめていた。
「この学園の美術部はねー、絵を描くのもそうだけど、彫刻とかもやるのね」
ノアがごそごそと、手さぐりで教室の電源をさがす。
「チィちゃんから聞いてるか、あ、あった。誰もいないじゃーん」
白色の蛍光灯が教室を照らしだす。いかにも美術部らしい石膏像や、壁にかけられた風景画をバックに、2m以上ある巨大な立体物がそびえたっていた。
彫刻用の木材を組み合わせた土台から、少しずつノミをふるって作り上げたのだろう。今まさに飛び立とうとする、大きな翼を持った女性像だった。体まではほとんど完成しているが、顔や羽はまだ荒彫りのままだ。
「……すごい、これをチィが?」
「毎年文化祭では、スクールシンボルって呼ばれる、大きなオブジェを展示するのね。今年は、チィちゃんがプレゼンを勝ち抜いて、三月くらいかけてここまで作ったの」
足下に転がったサンドペーパーや、木クズをよけるように、ノアは像のまわりを一周した。
「チィちゃんは、あたしと同じ学年なんだけど、入学当時はちょっと対人恐怖症はいってるっていうか、超おっとなしー感じだったのね。でもやっと作りたいものができたっていって、夏前からいっしょうけんめい作ってたの」
脚立の足に、大判のスケッチブックが立てかけてあった。なんとなく興味を引かれてページをめくると、そこには膨大な量のラフスケッチがあった。ひと目見た瞬間、タケオは確信した。
「このモデルは……シュカ?」
実際、シュカを写実的にとらえたクロッキーも混じっていた。窓際にたたずんでいるシュカ、学ランを脱いで、まっすぐにこちらを見つめるシュカ。
「あーわかっちゃった?……チィちゃんは、シュカ姉のところに行って、モデルをお願いしてたの」
タケオは、あらためて天を突くような作りかけの女性像を見た。未完成ながらも、すでにシュカの特徴や骨格が反映されているのがわかる。不思議なことにチィが、どんな完成像を描いていたのか、鮮明にイメージすることができた。今の自分を変えて、少しでも強くなりたい。前に進みたい。そう思ったのだろう。そっとスケッチブックを元の場所に戻すと、タケオは小さく息を吐きだした。
「つくりかけの像って、寒そうだよね……かわいそう……」
小さく、ノアがつぶやいた。