第15話:支えあうもの
ハムスター少女、もといノアのあとについて校内を歩きながらも、シュカの慟哭する光景が忘れられなかった。
「あぶないよっ!」
ノアが短い手を伸ばして、タケオの袖を引っ張った。鼻先をかすめるように、舞台の書き割りのようなパネルが通過していく。きっと文化祭の出し物だ。
あいかわらず校内は文化祭の準備をする学生でにぎわっていた。どうして『学校ごっこ』にこれだけ真剣になれるんだろうか……?
いつしかタケオは高校生の頃を思い返していた。どうせ活躍できない体育祭は、応援に夢中になるクラスメイトを冷たい気持ちで眺めていた。文化祭では、教室展示の店番のノルマを果たすと、ネカフェで時間をつぶした。学校でみんなで力を合わせて何かする、という行為はいつも嘘くさく思えていた。
「あーノアっち、オレの新兵器見た?」
急に横から声をかけられた。
やたらめったら濃い顔をしたヒゲ面、黒ぶちメガネの男が話しかけている。……30歳は越えているかもしれない、夏服のワイシャツが、メタボ腹ではりさけんばかりだ。右手にはまだ煙の上がるハンダごてを握っている。ノアも良く知っている仲らしい。
「見てませーん。それどころじゃありませーん。それよりノアの専用バイクはいつできるの?」
「う〜ん、カブかパッソルだったらすぐできるんだけどねぇ」
「やだやだ! 団長みたいにカッコイイのがいい!」
「足も届かんくせに……」
「なにを〜! メガネ割るぞ! このデブ!」
呆然として気の抜けた漫才を眺めていると、ヒゲメガネが、タケオの存在に気づいた。
「こちらの見ない顔の男子は、見学の方?」
ノアは、すっかり忘れていた様子で、ボクをふり返ると、
「こちらは、団長の客人で……えーと、タケルさん! 1年のチィちゃんのお兄さんで、サムライボーイズせん滅作戦に協力してくれるそうです!」
タケオはノアの背中をにらみつけた。名前は違うし、せん滅作戦ってなんなんだ。
「おお、心強い!工作部部長兼武器職人のオオタムラケンジっす。通称オタケン。33歳、既婚で愛妻と愛娘がいます! えーっとね今、娘の写真見せるね」
そんなもん見せられても……だが、武器と言えば、シュカのスタンガン仕込みのグローブや、あの電撃ヨーヨーはこの男が作ったのか?
「あの……ひょっとして応援団の武器は……」
「まいったなー、俺有名人? あ、さっき襲撃に巻き込まれたヒトかぁ。じゃあシュカの新兵器『超電磁ヨーヨー』を見たでしょ! 応援団にさまざまな武器を供給する死の商人とはオレのことさ。むははは。つーか、ノアっちもっと国防予算つけてよ」
「あーもーうるさい!」
「あの、サムライボーイズは、銃とか持ってたんですけど……」
「あー電磁銃ね。さっきリンから預かったよ。まー電磁銃自体は、そんな珍しいもんじゃないよ。現行の銃刀法では規制ができないから、警備会社なんかでも採用してるくらいだ。特に、ワイヤー付の高電圧を帯びた針を射出するタイプは良く見かけるね。だけど今回現場で拾ったタイプはちょっと違う。大口径のスタンマグナムって呼ばれてるやつだ。特殊な帯電非金属でできた弾丸を電動で射出する。弾丸には電磁銃より高圧の電流が流れているから、撃たれる場所によっちゃ、意識不明になったり、心臓が止まったりするかもね。これはたぶん銃刀法違法かなー」
オタケンが、目を輝かせながら解説をはじめた。この人はまともではない。タケオは心のプロフィール帳に『要注意』とチェックを入れた。
「電磁銃って、そんなカンタンに手に入るものなんですか?」
「んー。マグナムに関しては、そんじょそこらの坊主が買うにはちとつらいかな。裏社会とのコネもいるし、安くても1丁、20万はするんじゃない? ほとんどのパーツがプラスティック製だし、中国でライセンス生産してるから値崩れはしてるけどね」
なぜ、サムライボーイズは、そんな高価な武器を持っているのだろう? そんな疑問がタケオの頭に浮かんだが、オタケンがでかい顔を、ぐいっと前に出して来たので、どこかへ霧散してしまった。
「タケルくんだっけ? なに? 銃に興味あるの? なんなら工作部に入る? 今なら量産型超電磁ヨーヨーをもれなくプレゼントしちゃう! しかも限定版のパールブラック塗装!」
「いらんいらん、さ、客人は先を急ぐのでまたねー!」
タケオの手を引いて、ノアが歩き出した。
「ノア!」後ろからオタケンが呼んだ。
「ババのケガのこと、聞いたよ。オレも、みんなも、これくらいでびびったりなんかしねーぞ。なんかできることあったらいつでも言えよ!」
タケオの半歩前を歩いている足がぴたりと止まった。
学ランの詰襟からのぞくうなじが、少し紅く染まるのが分かる。
ノアは深く息を吸い込むと、ふりかえって笑顔でさけんだ。
「応援団を応援してどーすんの!……ゼッタイ成功させるよ!」