第14話:獣を宿すもの
ノアを振り返ったリンさんの目が蒼く燃え立った。
「被害者の詳細」
「二回生バスケ部、コウノ、オイカワ、ツジ、スミタ、ツマハラ、ババ、リー、スタンレイ。ババは、右手首骨折の重傷です」
背後で、プシュッと空気が圧縮される音が聞こえた。
開きかけたドアに身体をぶつけるようにして、駆けこんできたのはシュカだった。目の縁が真っ赤になっているのは、怒りか、哀しみなのか。
シュカは、部室内の3人には目もくれず、さっきタケオが触れようとしたロッカーにたどりつくと、赤い扉を引きちぎるように開いた。
「シュカ!なにがあったの」
リンさんが、音もなくシュカのかたわらに立った。
「やられたのは、酔っぱらってサムライボーイズを見つけてやるって息まいてた連中だ。素人がはねあがりやがって……!右手をつぶされたなんて、バスケができなくなったらどうするんだ!あげくの果てには、生徒会が急に動かなくなりやがった。こんな時に動けなくて、なんのための応援団なんだよ!」
シュカの怒声が部室をふるわせた。
……怖すぎる。ふだん触れることのない爆発的な感情に圧倒され、タケオは後じさった。
リンさんから目を離したシュカは、赤いグローブを両手にはめた。パリパリッという小さな破裂音と、細く青白い火花。細い拳に、敵と同じ電撃の殺意がこもる。さらに、ロッカー内の、充電器のようなスタンドから大ぶりなヨーヨー(!)を外すと、グローブの中に握りこんだ。
手首を軽くスナップさせると、意思を持った生き物のように、ヨーヨーがシュカの手のまわりを踊った。回転させる度に青白い光が充填されていく。タケオは口を開けてのけぞった。さっきの戦闘で、電磁刀や銃と戦っていたのはこれだったのか!
「行ってどうするの」
リンさんがやさしい声を出した。吐き出すようにシュカが答える。
「決まってる。SERCH&DESTROY」
──見つけ出し、殲滅する。その言葉の響きに、ノアまでが心配そうに振り向いた。
「闇社会のダチどもを総動員して、一斉に『狩り』をかける。見つけたやつからババやチィと同じ目にあわせる。いや、生きていることを後悔させてやるよ」
ばしっ、と肉を打つ音が響いた。
シュカの手からヨーヨーが耳障りな音を立てて落ちる。床の上で何秒間か回転した後、静寂が訪れた。
「……なぐって悪かったわ。でもあなたはもう獣ではないのよ。このヨーヨーをいかに使わずに済むかが私たちの誇りなのよ。この校章をつけている限り、その腕章をつけている限りね。……こんな感情にあなたのすべてを支配させてしまってはだめ」
シュカは横をむいたまま動かない。結構強い力で殴ったのだろう。唇の端が切れている。
「あなたを信じているひとの顔を思い浮かべてみて。わたしたちには、まだできることがあるわ。ありすにもう一度話にいきましょう。ノアも、エミリーもハルカもいる。あなたが武器となる時は、わたしたちも一緒にいる。そうでしょ?」
リンさんはかがむと、シュカの手から落ちたヨーヨーを拾った。シュカの背中がこきざみに震えて、開いたままのロッカーの扉を関節が白くなるまで握りしめる。が、先ほどまでの怒りの勢いはなかった。
「でもよ……だけどよ……」
シュカの口からとぎれとぎれの吐息と、痛みをこらえるような声がもれる。
タケオはそっと目をそらした。
リンさんは、優しくシュカの背中に手をそえると、ノアに向かって告げた。
「少しのあいだ、校内をご案内さしあげて」
ハムスター少女が、押忍! と叫んで、ボクの足下にかけて来る。
「さっ、行きましょう!」
手を引かれるままに、部室を後にした。
ロッカーに両手をつき、嗚咽を押し殺すシュカのシルエットが網膜に焼きつく。
なあ、ほんとうにお前にできることはないのか?
もうひとりのタケオが、心の中で声をあげた。
当たり前だ。ボクは部外者だ。ないに決まってる
じゃあこの痛みはなんなんだ?……タケオをその声を黙殺した。