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第9話:名をつげるもの

 昇降口には、木製(!)の下駄箱と、ペンキのはげた古い傘立てが並んでいた。

 シュカが外来者用のスリッパをぽん、と投げる。

 校舎の上から見ていたのか、階段を下りてきた生徒たちがかけ寄ってくる。これまた年齢も性別もまちまちだった。興奮と不安がまじりあった空気に押され、タケオはシュカのそばをはなれた。画鋲だらけの連絡掲示板に寄りかかる。


「シュカ!歩道橋にまでサムライボーイズが出たって本当なの?」

「あいつらが、文化祭当日になだれこんでくるって噂が流れてるんだ。どうしよう!」

「ノアが部室でむくれてたよ。また留守番だって」

「なんだか生徒会内でも意見が割れてるみたい……文化祭、中止になっちゃうのかな?」

「工作部のオタケンが、試作品を持ってシュカを探してるって」


 一つだけ分かったことがある。この校舎の中で、シュカは大変に忙しい人物だ。


「……歩道橋の件は未遂で終わったよ。まだ帰宅連絡が取れていない連中を知ってる人はいる?」

 シュカはみんなを見回した。白い汚れのついたジャージの女性が心配そうにいう。

「バスケ部の一団が戻ってないの。俺達が逆に狩ってやるって興奮してた。連絡が取れなくて」

「あーの筋肉バカどもが……エミリーとハルカに警戒に向かわせる。みんなも不用意に外へ出ないでほしい。今バラバラになったら奴らの思うつぼだ。生徒会とは話しあってみるよ。だいじょうぶ。ぜったいに文化祭は邪魔させない……!」

 ひとりひとりの目を見ながらシュカはゆっくりとしゃべった。シュカより年上に見える生徒たちが、その言葉をくいいるように聴いている。


「夕方の戒厳令はまだ継続中だ。外出は控えてくれ。自宅に帰る人達はかならずタクシーを使って集団で下校してほしい。秋葉原駅は狙われている可能性があるから、となりの駅まで行ってくれ。泊まる人は、体育館と各部室を男女に分けて用意するって運営が言ってた。手の空いてる人は、一度体育館で待機。あたしはこれから生徒会と今後について話し合う。部室には団員を置いておくから、小さなことでも、不安なことがあったらいつでも知らせに来てくれ。」

 一息に指示を出したシュカの目が底光りした。

「あたしたちを攻撃して、自分が立派になった気がしてるクソどもから、必ずみんなを守ってみせるよ。だからみんなもおちついて、大人だってところを見せてくれ。特に年配の生徒は、若い生徒が不安になったり、跳ねあがったりしないようにサポートして欲しいんだ。いいね、できるよね」

 みんなが頷く。さっきまでの張りつめた空気が和らぐのを感じた。みんなが持ち場に帰るまで、シュカは下駄箱の脇に立っていた。その横顔は、歩道橋で会った時よりずっと大人びて見えた。

「部室に案内するよ」

 シュカが廊下のすみにたたずんでいるタケオに声をかけた。


 中庭をぐるり囲む形の廊下を歩く。

 元職員室らしい長い部屋を過ぎると、廊下のどんづまりに「部室」があった。

 年期の入った開き戸に似つかわしくないセキリュティの高そうな錠前。タケオが働く会社のサーバ室にある、指紋認証キーロックをより高性能そうだ。ドアの右側には墨痕あざやかな筆文字で書かれた「星くず学園應援團」の木の看板がある。

 シュカが人差し指をキーロックにかざすと、プシューっと音がしてスライドドアがなめらかに開いた。ドアの断面を見ると鉄板が入っている。


「ノアはいないじゃねーか……ちょっと待ってな」

 細いあごで灯りの消えた部屋の中を指すと、そのままシュカはUターンして出て行ってしまった。

(こんな所でひとりぼっちにされても……)

 タケオは小さくなるシュカの背中を、心もとない気持ちで見つめた。

 

 しかたなく部室に足を踏み入れると、自動感知で反応した蛍光灯が部室内を照らしだした。タケオの目の前に浮かびあがったのは、部室と言うより何らかの指令室のようだ。

(すげーな……おい)

 教室机が3台ずつ向かい合わせにされ、それぞれの机には3面に配置された液晶ディスプレイ。無造作に置かれたヘッドセットマイク。黒板があるべき場所には、黒板サイズのタッチ式フラットディスプレイが埋め込まれている。

 窓と反対側の壁には、これまた巨大な『団旗』と言うのだろうか、黒に金の刺繍と縁取りがされた旗が掛かっていた。アナログとデジタルの融合。黒板式ディスプレイとは反対側には、がっしりとした大型のロッカーが5つ並んでいる。どれも表面に赤や黄色で整然としたペイントが施されていた。

「01・ RED-SHUKA」と赤でペイントされたロッカーが、シュカのものらしい。そのロッカーだけ扉が半開きになって、中から細いコードのようなものが垂れている。

(不用心だな……)

 

 扉を閉めようと、タケオが手を伸ばしたところで、部室のドアが開く音がきこえた。

 ロッカーから飛びのいたはずみで、真後ろにあった椅子の背が、タケオの臀部に突き刺さる。痛みををこらえてドアの方を振り向くと、長い髪の女性がこちらを見つめていた。リンさん、とチィが呼んでいた人だ。

「あ、あのちがうんです。中を見る、とかじゃなくて、今もロッカーのですね」

 我ながら絶望的に怪しいリアクションだ。

 しかし目の前の女性は、にこやかに笑顔を浮かべると丁寧なおじぎをした。蛍光灯の光を反射したつややかな黒髪が重力に引かれてぱたっと落ちる。


「ごあいさつが遅れました。星くず学園応援団副団長・青海 あおみりんです」

 タケオもあわてて自己紹介をした。

「このたびは当校のトラブルに巻き込んでしまったようで、本当に申し訳ありませんでした。シュカはちょっと今手がはなせないようでして、団長代行として参りました。まず、ウチの制服でよければ、お着替えなさってはいかがですか? その後ケガの手当をさせていただきます」

 

 今日初めてまともな人に会った気がした。と言いつつ、リンさん(思わずさんをつけたくなる)も女子用の夏用シャツとタイの上から、学ランを着用している。しかも残念なことに、指定のスカートではなく、細身の男性用制服ズボンを着ているのだ

 ……ああ、なんてもったいないんだ、とタケオは心の中で盛大になげいた。とは言え、その姿はリンさんに似合っている。男装の麗人という言葉が頭に浮かんだ。

 涼しげな切れ長の一重まぶたの下の視線を外すように、リンさんが後ろを振り返った。

「ノア、救急箱はわたしが預かるから、お茶を用意してくれる?」


 ふと見ると、リンさんの背後にもう一人同じ格好をした女子がいるようだ。

 明るめの髪をツインテールにまとめて、真剣な目でタケオをガン見している。

 せいいっぱい団員風をよそおってはいるが、いかんせん手足が短く、はおった学ランはだぶついていた。

「押忍!自分は、星くず学園応援団団員、桃栗ノア(ももくりのあ)、と申します!」


 足を肩幅まで開き、両手を背中の後ろで組んだ姿勢で、ノアと名乗る少女は、すっとんきょうな大声を張り上げた。鼻の穴が大きくなっている。

 興奮したハムスターを連想させるその姿に、タケオは自分の頬がゆるんでいくのを感じた。いったい笑ったのはいつ以来なんだろう……?

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