「涼宮ハルヒの憂鬱」のキョンとは何だったのか
このエッセイは「涼宮ハルヒ」作品を批判する要素がございますが、かの大ヒット作を貶める意図を持って書いてはおりません。
あくまでも、 個人的意見であることをご了承ください。
何の脈絡も無く創作キャラの考察をしていきたいと思います。
お題は「涼宮ハルヒの憂鬱」の主人公? 本名不明の男子高校生。キョン君です。
彼の説明はバッサリ、カット。
簡単に言うとやれやれ系主人公の四天王の一角です。
物語の語り部にしてお話の中心軸にいるキャラクターなので、主人公なのだろうなと思っていたのですが、拝見している内に「あれ、ちょっと違うぞ」って感じました。
キョンとはどういう存在なのだろうか。
気になったのでネットで調べてみましたが、特に解答はないらしいので考察してみることにしました。
ああ、キョンの本名はナンダみたいな話は出てきましたが、そんなもん、どうでもいいわ。んなこと知りたいんじゃねぇんだよ。
もっと本質的に彼が何者なのかに興味があります。
ではでは、これより、色々な仮説を展開していきます。よろしければ私と一緒にキョン君とは何かを探すお散歩に出かけましょう。
① 乗り物説
いきなり意味不明かもしれませんが、ご説明させてください。
難しい話ではありません。
キョン君は乗り物。では、誰が乗るのか。
それは、読者であり視聴者ですよね。見ている人が感情移入するための装置としての乗り物です。
キョン=自分。という図式な訳です。
ラブコメの主人公としては割と定番の設定です。
キョン君もこの設定に忠実です。
彼はとても平均的な高校生として描かれています。
頭がいいわけでもなく馬鹿でもなく、運動神経がいいわけでもなく悪いわけでもなく、イケメンでもなく不細工でもありません。
絵にかいたような平均値です。
これは、乗りやすい。
「フェイトステイナイト」の衛宮君や「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている」の比企谷八幡は癖が強めなので、自分自身としては見れませんが、キョン君はとってもマイルド。個性は持たないように作られています。
この説は正解だと思います。ですが、それは、お客さんに受け入れやすくするための戦略だと思います。
そんな、単純なキャラではない。はず・・・
② 異世界人説
この説は、作品冒頭でハルヒが望んだお友達候補に唯一登場しないのが異世界人だからです。
そのため、私も当初は「ははぁ、という事はキョンが異世界人なんだ」と思いましたが、作品を見ていくうちに「あっ、これは違うわ」って結論になりました。
そもそも、異世界人ってなんじゃい。という議論が起こると思いますが、ここは単純に違う次元から来た人と解釈するのが自然だと思います。
違う次元から来た人、もしくは違う次元にいる人。
一人いましたよね。
はい。そうです。あの作品での異世界人は涼宮ハルヒその人です。
あのキャラを見て、同じ次元に生きていると感じる人は少ないのではないでしょうか。
と、いう訳で彼女だけが全く違う次元に生きています。長門やみくるも違う次元と言えば違う次元なのですが、あの人達は宇宙人枠と未来人枠と思われるので除外いたします。
彼女が異世界人なので、逆説的にキョン君も異世界人たりえますが、そうなるとキョン以外の不特定多数の人々も異世界人になってしまいます。これを突き詰めると彼が主人公である必要性が喪失いたします。
また、キョンとハルヒだけが異世界人だとすると、ハルヒは同系統の人間とお友達になりたいという、普通の女の子になってしまいます。前提が崩壊するので、キョンが異世界人の可能性は低いでしよう。
どうしても、異世界人を出したいのであれば、他に新しいキャラを用意すると思われます。
開幕冒頭での発言ですので、特に深い意味はないのかもしれません。
そんなに長く引っ張るネタとも思えませんし。
③ お客さん説
(。´・ω・)ん?
①の乗り物とどう違うんだ。
そう思われるかとは思いますが、少し違います。
①は読者が作品に自己投影する為の乗り物であるのに対して、こちらは作者から見たお客さん像です。
作中でのキョン君を見ればわかりますが、彼は基本的に受け身です。
騒動やイベントは常に外からやってきます。
彼が自分から何らかの事象を起こした場面を見たことがありません。
異様と言ってもいいでしょう。
彼は、与えられた事柄に対してリアクションをするだけなのです。決して、自分から事態を動かしたりは致しません。事態を始めるのはいつも他者。
何が言いたいかというと、作者が涼宮ハルヒだとするならキョンは読者なのです。
読んでくれる、お金を出してくれる、褒めてもくれるが、絶対に作ってはくれません。彼は、常に与えられる側で、与える側ではないのです。
何かを与えて始めて反応がある生き物なのです。これでは、主人公と言えるか微妙になってまいりました。
餌を待っているだけの金魚は主人公足り得るのか。議論を呼びそうですね。
偉そうに書きましたが、これは、私の説ではありません。
「王立宇宙軍」「ふしぎの海のナディア」などを手掛けた岡田斗司夫氏の説です。よーつべで見ました。間違っていたらごめんなさい。
いやー。流石、岡田斗司夫先生。( ̄▽ ̄)//
読みが深いと言いますか、発想が柔軟と言いますか。中々に捻った解釈です。面白い。
岡田さんが言うにはキョンは常にハルヒに奉仕されているらしい。
確かに言われてみればその通りですね。
④ 告白されるのを待っている男子高校生説
またもや、意味不明。
しかし、岡田さんの意見に近いものがあります。
この説は漫画家の山田玲司先生の説です。
「今の男子は女子からのアプローチを待っているんだ。お前らどんどん俺にアプローチしろ。という願望を体現しているのがキョン」だそうです。
分かったような、分からんような説ですが、恋愛観の発露としてキョンというキャラがいるんだと仰りたいのかなと考えました。
確かに彼は、ハルヒ以外の女の子からも恋愛要素はありませんが、積極的にアプローチを受けます。
そして、やれやれをします。男としては気持ちいいでしょうね。
なかなかの説得力。
しかし、結果としてそうなっているのであって、そう、意図して構築されたキャラには見えませんね。無意識の発露と言いますか、作者の願望が思わずあふれ出た結果かと推察いたします。
⑤ 作者ご本人説
作者がキョンに自己を投影しているという説です。
小説家に割とありがちな説です。
自分が小説の世界に入り込み、世界と関わっていくのがこの説になりますが、これは無いですね。
キョンに作者の自己が乗っているようには見えません。
仮に乗っていたら、あの作品はもっと私小説的な展開になるはずだからです。
ちょっと文学的になるって事ですね。
しかし、あの作品には良くも悪くも文学の匂いは全くしない。徹頭徹尾ラノベ。
作者説はないでしょうね。
⑥ カッコつけた作者説
他所行の上辺だけの自分を投影している説です。
私小説には必須の項目があります。
それは、いかに自己の内面を赤裸々にさらけ出すかという事です。私小説は作者の口には出せない絶叫を小説にした作品になります。
カッコつけた自己投影は私小説にはなりません。
例を挙げるとするなら、宮崎駿の「紅の豚」でしょうか。
主人公のポルコのモデルは駿先生という話は有名ですが、最初から最後まで、完全無欠にかっこいい。まぁ、キャッチコピーからして「カッコいいとはこういう事さ」ですからね。
内面? んなもん見せる訳ないだろうが。
こちらといたしましても、特に見たい訳でもありませんし。
それでいいんじゃない(。´・ω・)?
この説を裏付けるのが、キョンとハルヒの関係です。
彼らはとても仲良し。
終わり。
決して男女の中には進展いたしません。ここまでの説であれば、彼らがいい仲になっても問題はありません。ラブコメとはそういう物です。
しかし、そんな風にはなりませんよね。キスの一つもしないのですから。
カッコつけた作者がキョンだとすると、これは納得できます。
だって、自分の妄想で作り出した女の子とキスするなんて痛い事、出来ませんて。
どんだけ痛い奴なんだよ。(ヾノ・∀・`)無理無理。
これが、私小説なら可能です。そんな自分をさらけ出しているわけですから。
やれやれと言うのは自己防衛の一種だと思われます。
⑦ 特に意味のない道具説
作品を動かすためのパーツという説です。
作者の都合に合わせて行動するキャラが欲しい場合、そのキャラは出来るだけ無個性であることが望まれます。個性が強いと動きが固まってしまい、作品の展開に対応できないからです。
この説を強く裏打ちするのが、キョンに名前がない事です。
彼は、主人公でありながら、自己の根幹たる名前を持たないキャラです。空虚な存在です。恐らくですが、作者も彼の名前は考えていないと思います。
何故なら、必要ないからです。
誰も名前を呼ばない所を見るとワンチャン、彼は幽霊か精霊の一種なのかもしれません。これならハルヒの友達になれる要件を満たしていますね。
妹ちゃんですらキョン君呼ばわりする所に寒気を覚えます。Σ(・ω・ノ)ノ!コッワ。
彼には兄としての役割すら与えられていないようですね。
想像するに、作者さんには妹はいないのかもしれません。
キョンはストーリーを構成する一要素で、特に意味のない存在なのかもしれません。
考察するだけ無駄という訳です。
⑧王様説
これが私の本命です。
この作品でキョンは受け身とか接待されているとか書きましたが、何もしていないわけではありません。彼はあることをしています。
それは、なにか。
勅許です。
勅許とは君主が臣下の進言に対して、実行の許可を与えることです。
ここで肝心なのが、自分で考えた命令ではなく、臣下が言上した事柄に許可を与えるという事です。
この作品はキョンがアクションに対してリアクションすることで動きます。
キョンがいないと作品は一ミリも動かないのです。
ビックリするぐらい、すべての話しが彼を中心に動きます。
これは、他の作品ではあまり見られません。
ここまで、主人公中心主義も珍しいと思います。
なんか例があったかなぁ。(。´・ω・)?思いつかん
その圧倒的な必要性は主人公と言うよりか、王様と言ったところでしょう。
彼のリアクションと言う勅許があって初めて物語が成立するのです。
ダンスシーンはキョン君をセンターにすべきでしょう。いや、黒幕だから後ろでいいのか。(。-`ω-)うーん。
以上8つがキョンの正体の考察です。
長々とお付き合いいただき、ありがとうございます。
この作品が発表されて、もう、20年近く前の作品になるのですね。爆発的大人気になったことは覚えています。
何故にあんなに、ヒットしたのか私にはわかりませんでしたが、京アニの名を天下に轟かせた作品と言えるでしょう。
友人と埼玉に遊びに行く車の中で見ましたよ。おんなじ話を何回もやりやがって。
気が狂うかと思った。
どれか一つでもかカスッてないかな。
終わり
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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