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女王の龍は暁光に舞う  作者: 瀬尾ゆすら
第2章 茜色の約束
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第8話 めぐりあった宿命に

 樹林を思わせる深緑の瞳と、稲穂のような黄金の長髪。

 夢の中で出会ったのと全く同じ、美しい男性がそこにいた。


 あまりの衝撃に、アルフは男性の顔を凝視したまま言葉を失う。

 対する金髪男性はそれに気づいた様子もなく、アルフの右隣にいるリサの手を取って握りしめた。


「こんばんは、美しいお嬢さん。さっきの魔法を見せてもらったよ。ほれぼれするくらい素晴らしい腕だね。よかったら、うちの研究所に……」


 熱を帯びた眼差しで臆することなくリサを口説き始めた男性に、アルフはようやく我に返る。


「失礼。……そちらは?」


 男性とリサの間に割って入るようにすると、彼は何かを察したのか、ぱっとリサの手を離した。


「……おっと。自己紹介が遅れたね。僕はロバン・ロノワール。ファロン魔法科学研究所の研究員さ」

「なに……!?」


 彼の名を聞きアルフが受けた衝撃は、計り知れないものだった。


 「ロバン」だって…!?


 信じられない偶然に、全身にさっと鳥肌がたつ。思わず、握りしめていた銀のサーベルの刃を見た。

 「最愛の息子、アルフレッドに捧ぐ。父 ロバン・ロノワール 母 ミラより」――何度も何度も……何百回も読んだはずの、剣に彫られた文字列。それが、今までとは違った意味をもってアルフの脳へ浸透してくる。


 夢の中で「父」と名乗った男性が目の前に現れ、サーベルに書かれた「父」の名を持っていた。しかも彼は、「ファロン魔法科学研究所」の研究員らしい。その研究所は、アルフが弟子入りしたいと望んでいるリン・ファロン博士が所長を務めるところだ。


 ――こんな偶然、ありえるのだろうか。


 右隣にいるリサを横目でちらりと見ると、彼女も驚いた顔をして目の前のロバンを見つめていた。

 もしかして、リサも気づいたのだろうか。彼が、このサーベルに書かれているアルフの父と同姓同名であることに。


「やっと見つけたぁ! ロバン、なんでこんなとこにいんのよ!」


 そのとき、背後から甲高い声がして、アルフとリサは再び盛大に驚かされる。


 混乱したまま後ろを振り返ると、そこに立っていたのは、小柄な赤髪の女の子だった。

 怒った顔をして腰に手を当てている彼女は、太腿に一丁ずつ拳銃を、背中には麻酔銃を装備している。


 女の子はリサの姿を認識すると、金髪男性「ロバン」のもとへずんずん詰め寄った。


「まーた、カワイイ子見つけて口説いてたわけ!? ほんっとしょうがないね、この色ボケ男は!」


 二つに結い上げたくるくるの赤毛を揺らしながら、女の子はロバンをがみがみと叱りつける。その様子を、アルフもリサも、そしてリサの腕の中にいる男の子も、泣くのを忘れてぽかんと見つめた。


「あ、あの……」


 派手に喧嘩をおっぱじめた二人に、リサがおずおずと呼びかける。すると女の子は、はっとしたようにリサに向き直った。


「あ、ご、ごめん! ほったらかしにして……。あたし、ミラ。ミラ・エルレンシャインよ」


 その子が名乗った名前に、アルフは思わず、自分の耳を疑った。


 「ミラ」だって……!?


 さっきから、全身にぞわぞわと鳥肌が立つのを止められない。それはもちろん、寒さによるものではない。

 「ミラ」――もし、聞き間違いでないのなら。その名は、このサーベルに刻まれている「母」のものと同じだ――。


「ところで、君たちは?」


 ロバンの声に、アルフは我に返る。挙動不審になっているアルフとは裏腹に、目の前のロバンとミラは落ち着いていた。


 どういうことだ? と、アルフは訝しむ。

 この出会いに激しく狼狽えているのは、自分だけ。ロバンもミラも、どうやらアルフとは初対面らしい。


 アルフは軽く息を吸うと、サーベルを鞘へ戻し、右耳のピアスに触れた。胸はどくどくと早鐘をうっている。だが、焦って結論を出しても仕方がない。


 ――まだ、我慢だ。


 忍耐は、研究者の得意技。

 ロバンと、ミラ。この二人は、いったい何者なのか。自分とどういう繋がりがあるのか。粘って粘って、いつかこの手で真実を掴み取ってみせる。


「ただの観光客だ。……それより、そちらは? 研究員と言っていたが、ここで何の調査をしている?」

「あたしたち、ファロン博士の命令で、ここで魔獣に関する調査を行ってるの。実は最近、このあたりで魔獣の発生が急激に増加してるんだ」

「『魔獣』が、ですか……!?」


 数百年前に絶滅したはずの生物の名に、リサが驚いたように目を見張る。


 「魔獣」とは、かつてこの国で龍族と悪魔族の大戦があった際、大量に発生した生物だ。心を操る悪魔族の術によって、破壊や殺戮を好むよう変えられてしまった動物たちのことをいう。


 アルフは、少し離れたところで気を失っている猫型の獣に目をやった。話によれば、あの獣はもともと男の子のペットで、名を「ノノ」というらしい。

 あの猫も、何らかの力によって「魔獣」に変えられてしまったというのだろうか。


「あの獣も……もともとは、この子の飼い猫だったらしいのです」

「そうなのかい!? それは辛かっただろうに……」


 リサの言葉を聞き、ロバンは魔獣(ノノ)を見て悲しげに唇を震わせた。その場にしゃがみ、リサの腕の中の男の子と目線を合わせる。切れ長の瞳を細めて、ロバンは労るように男の子の頭を撫でた。


「うっ……うっ……お、おにいちゃ……」


 ロバンの優しい手に触れられて、男の子は再び涙がこみ上げるのを抑えられなかったようだ。

 傍にいたミラも、男の子の目の前に跪く。


「ねぇ、坊や。あたしたちがきっと、あの子を元に戻してみせる。だからそれまでのあいだ、あたしたちがあの子を預かっててもいいかな?」


 ミラの問いかけに、男の子は泣きじゃくりながらも必死に頷いた。


「よし、ありがとうね」


 ミラは男の子の頬を撫でて立ち上がると、背負っていた麻酔銃を両手に持つ。


「あの子にはちょっとのあいだ、これで眠っててもらおうと思う。それでもいい?」

「……うん。お姉ちゃんたちのこと、信じてる」


 大粒の涙を零しながらもしっかりと発された男の子の言葉に、ミラは茶色の瞳を優しく細めた。そして慣れたように銃を装填しながら、男の子から視線を上げてリサを見る。


「あの魔法の氷、あなたがつくったの?」


 ミラは、魔獣の眼前に立ちはだかる大きな氷壁を指さした。


「は……はい」

「凄いね。大きいし、なかなか溶けない」

「あ、ありがとうございます」

「ミラの言う通りだよ。お嬢さんにはぜひ、うちの研究所で魔導士として働いてほしいな」

「……はぁ、この変態は……。カワイイ子見かけるとすぐ、こうなんだから」


 ミラもロバンも、リサに対してくだけた言葉遣いをしていた。リサがこの国の王女であると気づいていない証だ。

 城外の民は、王女の顔を知らない。なぜならこの国には、「王家の人間は成人するまで、城外に姿を見せてはならない」という慣例があるからだ。


 アルフは、数時間前にテラスで聞いたリサの言葉を思い出す。


 ”城の外の民は、わたしの顔を知らないわ”


 ――たしかに、王女の言う通りだった。


 そうこうしている間に、薬の装填を終えたミラが銃を構える。

 彼女が素早く引鉄を引くと、銃口から注射筒が射出され、魔獣(ノノ)に突き刺さった。麻酔薬を注入されたノノは一瞬身体を収縮させたが、すぐにだらりと弛緩し、昏睡の海に落ちていった。


「……よし。もうすぐあたしたちの部下がここにやって来るから、後のことは彼らに任せましょう」

「僕たち、この坊やをお家に送ってから、エネルモアで聞き込み調査を行うつもりなんだ。よかったら、君たちも一緒にどうだい?」


 ロバンの誘いを受けて、リサがこちらを見上げてくる。その透き通った青緑の瞳に、アルフは彼女の言わんとしていることを察した。

 「罪の無い動物が魔獣と化している」――女王になろうとしているリサにとって、これはきっと解決しなくてはならない問題だろう。


 リサがこれ以上、城から離れる。アルフはそれを(たしな)めなくてはならない立場だ。


 だが科学者とは、いついかなる時も真理を追い求めるもの。

 ――ロバンとミラについていけば、自分の出生の秘密を知れるかもしれない。

 そう思い至ったアルフは、大人しく回れ右をする気にはなれなかった。そんなことができるほど、自分はできた人間ではない。


 アルフが無言で頷くと、リサは、ミラとロバンに向き直る。


「ぜひ、ご一緒させていただきたいです」


 強い声音で発されたリサの言葉を聞きながら、アルフは、自分の胸がらしくもなく高鳴っているのを感じていた。

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