第6話 父の遺志、己の意志
「お父さまは、龍神王さまみたいな人だった。明るくあたたかく、民と未来を照らす――そんな人だった」
そう言ってリサは、明るくなりかけている東の空を見上げた。
2年前に病死した、リサの父エリック・ディール。彼は稀代の名君であり、周囲から「龍神王の子」と称されていた。ディール王国において才能ある人物に与えられるあだ名のようなものであり、この国の宗教「龍神教」の思想を色濃く反映した言葉だ。
そんなエリック王が、一人娘にどんな言葉を遺したのか。純粋な興味で、アルフはリサの次の言葉を待つ。
「亡くなる直前、お父さまが仰ったの。『すべてのことには理由がある』と」
朝ぼらけの中きらりと光る、リサの銀の髪。彼女がエリック王の娘であることの何よりの証拠だ。
「『王家に男ばかり生まれていたことも、女子が突然生まれたことにも――理由がある。リサ、お前はディールの人間として、すべての謎を解き明かさなければならない。そのために――お前に、女王になってほしい。お前が王位を継ぐことで、点と点が繋がり、全ての真実が明るみになるだろう』」
リサの声に耳を傾けていたアルフは、手に持っていたサーベルを鞘にしまいながら、ううむと首を傾げた。心より敬愛するエリック王の言葉だが、今一つ要領を得ない。まるで詩の一節みたいだ。
「王家に女子が生まれなかったことに、意味がある。リサが女王になれば、その意味を知ることができる……ということか?」
「そういうこと……だと思うわ」
遺言を受けた当の本人であるリサも、王の言葉の真の意味するところを理解できていない様子だ。
しかし、あの王の遺した言葉である。聡明で誰より優れたあの王が、わざわざ娘への遺言にそんな言葉を選んだことにも、きっと「意味がある」のだろう。
「では、『女王になる』ことと『城を抜け出す』ことには、どんな繋がりがある?」
春先特有の少し冷たい風が吹き、傍らにある泉の水面を波立たせる。その水面と同じような色をしたリサの瞳が、臆することなくアルフを見つめてきた。
「わたしは――自分が周りにどう思われているのか、よく理解しているつもりだから」
上空を流れる雲が月を隠し、あたりがふっと暗くなる。しんとした湖畔に響くリサの声は、どこか悲しげだ。
「王家に突然生まれた、引っ込み思案で、控えめで、自分に自信の無い女。そんな人間に、誰が『王になってほしい』と思うかしら?」
自嘲気味に笑うリサの瞳が潤むのを見て、アルフは何とも言えない気分になった。
この国で王になることができるのは、男性だけ。それは、ずっと昔から変わらない伝統だ。
しかし、たとえそれが伝統であったとしても。直系王族であるリサが王の器に足る人物であれば、城の中で「リサ王女を女王にしよう」「伝統を廃止しよう」という動きになるのは、自然だろう。
だが、現実は違う。城内の人々はみな、リサとマエル皇太子が結婚し、皇太子を新たな王に迎えることを望んでいる。それは、誰もが心の中で「リサ王女は王に相応しくない」と思っていることの証拠だ。
きっとリサは、その事実を受け入れ改善するために、父の死の日から今日まで悩み続けてきたのだろう。
分厚い雲が流れて、月が再び夜空に顔を出す。向かい合って立つ二人の影が伸びて、泉の上でゆらゆら揺れた。
「だから、わたしは――お父さまみたいな、強い人になりたい。凛としていて、いつも胸を張っていて、誰からも慕われるような」
「そのために……城を抜け出して、市井で生活をしてみたい、と」
アルフの言葉に、リサがこくりと頷く。
「エリック王になりたい」とはすなわち、龍神に例えられるような人物になりたいということだ。
――我ながら、とんでもないことに付き合わされたものだな。
アルフは小さく息をつくと、右手でサーベルを持ったまま、左手で自分のピアスにそっと触れた。小さく丸い月長石でできたそれに触れるのは、落ち着くためについついやってしまう彼の癖だ。
「父の遺志を叶えたい」――それは娘として、当然の感情だろう。アルフとしても、尊敬するエリック王の願いが果たされるのは喜ばしいことだ。
だが、果たしてそう上手くいくのか。
宰相の息子としてそれなりに裕福な暮らしをしてきたアルフが言えたことでは無いが、社会は厳しい。文字通りの「箱入り娘」だったリサには、おそらく耐えられないくらいには。
「その手助けをなぜ、俺に頼んだ?」
これまで真っ直ぐにアルフを見つめていたリサだが、そのとき初めて、やや気まずそうに視線を逸らした。
「『お前が信じたい人を信じ、信じたい道をいくといい』――これも、お父さまの遺言なの」
「その『信じたい人』が……俺だった、ということか?」
「ええ」と頷く王女は目を伏せ、長い睫毛の影が頬に落ちる。
アルフとリサは幼なじみで、幼い頃は確かに仲が良かった。机を並べて勉強し、一緒に城内を駆け回り、なんでも話した。
だがアルフの大学入学を機に、二人が顔を合わせる機会はめっきり減った。15歳になった彼は王立ディール大学に進学し、城外の寮に入ったのだ。
その後、18歳で大学を卒業したアルフは理化学省に勤めることになり、城に戻った。しかし、昔のように「王女と時を過ごす」ということにはならなかった。
「ここ最近は疎遠になっていて、顔を合わせることすらほとんどなかったのに」
「それは……」
言い淀むリサはついに、視線だけでなく顔ごとアルフから背けてしまった。月明かりの下ではよく見えないが、耳から頬にかけて少し赤くなっているようだ。
「だれかぁっ! 助けてぇっ!」
そのとき、泉を囲む森の奥から子供の泣き叫ぶような声が聞こえて、アルフとリサははっと後ろを振り返った。