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女王の龍は暁光に舞う  作者: 瀬尾ゆすら
第2章 茜色の約束
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第5話 銀のサーベル

「――わが息子、アルフレッド。お前の行く道にはきっと、険しい困難が待ち構えているだろう。くじけそうなとき、どうかこの剣を見て思い出してくれ。お前の父と母は、おまえを心から愛していると」


 「父」と名乗る目の前の男性が、大きな銀のサーベルをアルフに差し出してくる。慌ててそれを受け取るアルフだが、この男性が誰なのか皆目見当もつかなかった。

 白い肌に長い金髪が映える、美しい男性。アルフとは似ても似つかないが、彼の真剣な、そしてどこか切なそうな緑の瞳を見て、「きっと悪い人ではないのだろう」という直感は抱いた。


「……僕たちはまたいつか、きっとどこかで巡り会う。だからその時まで、どうか――」


 男性の言葉の途中で、突然目の前が激しく光り始めた。あまりに眩しく、アルフは耐えきれずに目を閉じる。

 閉じた視界が白く焼け付き、何も見えない。けれどその代わり、男性の言葉の続きに集中することができた。


「――どうか、元気で。僕たちの最愛の息子、アルフレッド(アルカナを宿す者)よ……」


 優しく聴覚に響く彼の声は、どこか懐かしい気がした――。


◇ ◇ ◇


「……ルフ。……アルフっ!」


 耳元で名前を呼ばれて、アルフははっと目を覚ました。 と同時に、ぎょっとして立ち上がる。顔のすぐ近くに、リサ・ディール王女の大きな瞳があったからだ。


「……大丈夫? (うな)されていたから、思わず起こしてしまったの」


 アルフと同じように立ち上がったリサ王女は、彼の顔を頭ひとつ分下から覗き込んだ。


 そんな王女に後ずさりしつつ、アルフは自身の首元に手をやった。じんわりと汗をかいている。……おそらく、さっきまでの寝苦しさのせいだろう。

 寝苦しかった理由は明白だ。夢に、アルフの「父」と名乗る謎の男性が出てきたからだ。


「……いや、大事(だいじ)無い」 


 そう言ってリサから視線を逸らすと、アルフはその場でうんと伸びをした。森の澄んだ空気が美味しい。肺に取り込むと、身体が幾許(いくばく)か落ち着いた気がした。


 ここは、城からかなり離れた場所にある森の中の、小さな泉だ。


 リサを後部座席に乗せエヴァンを運転していたアルフだったが、連日続いた徹夜での研究により体力が底をつき、この泉のほとりで休憩をとることにしたのだ。


「心配をかけてすまない。そこで顔を洗って、目を覚ます」


 アルフが目の前の泉を指差すと、リサは「なら、わたしも」と後に続いた。


 しゃがんで両手いっぱいに泉の水を溜めながら、あの夢は一体なんだったのだろうと考える。夢にしてはやけに細部まではっきりしていて、まるで現実のようだった。

 何よりもアルフの記憶にこびりついたのは、あの長い金髪の男性の、綺麗な緑の瞳だ。別れを惜しむ切ない瞳。もしかしてあの男性は、本当にアルフの生き別れた父なのかもしれないと疑ってしまうくらい、切実な瞳だった。


 顔を洗い終えたアルフは、側にある木の幹に立てかけてあった自分のサーベルを手に取り、鞘から出した。


「最愛の息子、アルフレッドに捧ぐ。父 ロバン・ロノワール 母 ミラより」


 鍔の少し下あたりに彫られた短い文章を読む。鋭利な刃物で彫られたであろう、何度も何度も……何百回も読んだこの文字。

 もし、先程の夢に出てきたあの男性がアルフの「父」だとするならば……彼の名前は、「ロバン・ロノワール」ということになるのだろうか?


 アルフは自分のその考えがあまりに馬鹿らしく、ふっと鼻で笑った。

 「夢に出てきた見ず知らずの男性が、自分の父親かもしれない」だって? ――そんな超常現象、信じられるわけがない。

 科学者は、自分の目で見たものしか信じてはいけない。


「その剣、久々に見たわ」


 隣から声がして、アルフははっと現実に引き戻された。思考に没頭し我を忘れるのは、アルフの昔からの癖だ。

 横に目をやると、顔を洗い終えたリサがいつの間にか隣に来ていた。


 少年時代、学友として一緒に時を過ごしていた頃。アルフは何度か、このサーベルをリサに見せたことがある。


「あなたは本当は、何者なんだろう。大森林でお父さまに拾われる前は、どこで何をしていたんだろう」


 サーベルに刻まれた小さな文字を見つめながら、リサが呟く。


 アルフは孤児だ。この剣と共にディール大森林に捨てられていたのを、前王エリック――リサの父に救われたのだ。


 アルフを拾ったエリック王は急いで彼を城に連れ帰り、医者に診せた。ひどく衰弱していたアルフだったが、王の素早い判断と担当した医師の腕のおかげで、なんとか一命を取り留めた。

 しかし記憶に障害が残り、アルフは親の顔も生まれ故郷も忘却してしまった。彼が唯一覚えていたのは、自分の年齢――「5歳だということ」だけ。


 その後体調が回復したアルフは、エリックの友人であり宰相をつとめる男性「ルイ・ティンバーリア」の養子となった。妻も子もいなかったルイ宰相だが、彼は男手ひとつで懸命にアルフを育ててくれた。

 アルフは、厳しく優しいルイ・ティンバーリアのことを本当の父のように――いや、本当の父だと思っている。


「……ロバンとやらが俺の父で、ミラとやらが母だったとしても。愛しているのなら捨てなけれはよかったんだ。俺の父はルイ・ティンバーリアただひとり。俺は生涯、ティンバーリアと名乗り続ける」


 このサーベルの文字を読むと、アルフはいつも複雑な気分になった。父「ロバン」と、母「ミラ」。二人にとってアルフが「最愛の息子」であるのなら、どうしてアルフを捨てたのか。矛盾してはいやしないか? 


 だが、このサーベルに触れていると、少しだけ安心するのも事実だった。こうして外に出かけるときはいつも護身用に携帯しているし、手入れを怠ったことはない。小さい頃からずっと身につけているお守りのような感覚なのかもしれない。


 それに、と、アルフは思う。

 ――今はこんなことに気を回している場合ではない。


 「わたしを誘拐して」――王女のとんでもない発言を機に、アルフとリサはこっそり城を抜け出してきたのだ。

 感情に身を任せた数時間前の行動に、アルフは自分で自分が信じられなかった。


「帰るなら、今のうちだ」


 アルフは、隣にいるリサに向き直る。


 東の空が白んでいる。もうすぐ新しい朝がやってくるというお告げだ。朝がやってくれば――王女とアルフの不在が城中に知れ渡るだろう。


「帰らないわ」


 しかし、リサ・ディールの青緑の瞳は強い光をたたえていた。まるで、朝日をはらんだ泉のように。


「わたし、お父さまの遺志を叶えたいの」


 数時間前に研究室のテラスで見たのと同じ、強い眼差し。

 リサ王女はこんな表情ができたのか、と。アルフは不安の裏で、少し新鮮な驚きを感じてもいた。

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