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女王の龍は暁光に舞う  作者: 瀬尾ゆすら
終章 時間の分かれ道
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第36話 最後の戦い<2>

「リサ!」


 大切な人の声が聞こえて、リサははっと目を開けた。


「ここは……?」


 石の床に寝そべる身体を、アルフが必死に支えてくれている。がばっと身を起こしたリサは、状況が掴めず辺りを急いで見回した。


 黄昏の塔の最上階で。武器を構える兵士たちの先には、氷の封印が解け、数百年ぶりに自由になった魔神王の姿がある。


「あれが、魔神王本来の姿……」


 炎の呪文を唱える魔神王を見て、リサは歯ぎしりせんばかりの表情になった。


 上半身は人間、下半身は獣。背中からは巨大な羽が生え、瞳は赤く光っている。あれのどこが父に似ているというのだろうか。先程リサが見ていたのはやはり、魔神王の創り出した幻だったのだ。


「突然意識を失ったから、本当に心配した」


 こちらを覗き込むアルフの瞳を見つめ、リサはふっと微笑む。また彼に助けられてしまった。


「あなたのおかげで戻ってこられたわ。……ありがとう」


 リサは立ち上がり、床に落としたままだった黄金の杖を掴むと、悪魔族の王と対峙した。

 彼女の前方にはサウード、後方にはアルフが立ち守りを固める。


「さっきはよくも、ふざけた真似をしてくれたわね……!」


 リサは氷の呪文を唱えて、相手が放った大きな炎球からその場にいる皆を守った。

 王女の胸にあるのは「憤怒」だ。大好きな父への愛情を弄ばれたことが、腹立たしくて仕方ないのだ。


「なぜ、我の術から抜け出せた……!?」


 自力で夢から醒め立ち上がったリサを目の当たりにし、魔神王は驚いたように目を見開く。


「今だ!」


 その隙に、兵士たちは総攻撃に打って出た。近接部隊が悪魔の注意を引き付け、魔導士や射撃手たちが後方から攻撃を行う。


「うおおおおおッ!」


 皆の思いはただ一つだった。弾や魔力が尽きても――命が尽きても構わない。今ここで、巨悪を討つ。

 リサ王女のために。そして、この国の未来のために!


「くそっ……」


 兵士たちの攻撃が止むと、魔神王の身体はもう満身創痍の状態だった。


 あと一撃、食らわせられれば。息絶え絶えになりながらも、兵士たちはそれぞれの武器を握りしめ、じっくりと攻撃の機会を伺う。


 対する魔神王はその場によろよろと立ち上がりながら、「分かったぞ……」と呟いた。


「そなた、リファ・ディールの生まれ変わりか……?」


 悪魔の王は、黒く長い前髪の隙間から、目の前に立つリサ・ディールを睨みつける。対する王女は青緑の瞳を輝かせ、相手から決して目を逸らさなかった。


「そうよ。わたしは、ディール家に生まれた二人目の女。そして、隣にいる男は龍神王の生まれ変わりよ」


 その言葉を聞き、魔神王の眼が「信じられない」というふうにアルフを向く。


「ああ、なんと忌々しい……!」


 憎たらしげに頭を掻きむしるその姿は、仮にも悪魔族を率いる「王」だとは思えないほど醜く、愚かだった。


「我の呪いすら跳ね除け、再びこの世に転生するとは!」


 顔を歪めた魔神王は、大きく跳躍して石の天井を突き破り、塔の外へと飛び出す。


「行かせない!」


 (まばゆ)い光を放ちながら、アルフは即座に自身の姿を龍に変えた。その背に、暁光の杖を手に持ったリサが急いで飛び乗る。


「ここで仕留める!」


 夕暮れの空を飛び島の外へ逃げ出そうとする悪魔を、アルフは翼をはためかせて追った。その間にも、魔神王は血塗れの身体のまま、黒い炎を矢のように放ってくる。だが、杖を手にしたリサの前では、そんな攻撃など無意味に等しい。


 しばらく攻防が続き、やがて動きを止めた魔神王は、ゆっくりとこちらを振り返った。


「なぜ、我と戦う? 我の術は、哀れな人間に対する救済なのだ。先刻のそなただって、父親との甘美な夢に酔いしれていたであろう」


 ばさばさと翼をはためかせながら、悪魔の王はねっとりとした口調でリサに語りかけた。その身体からはどす黒い血がどくどくと溢れ、遥か下方の大地へと零れ落ちていく。


「我の術は、人々に優しい夢を魅せる。そうして世界が夢に満ちれば、この世界は永遠の幸福を手に入れられよう」

「永遠の幸福……?」


 悪魔の囁きに、アルフの背に乗るリサは銀色の眉をぴくりとひそめた。


 いつもは温厚で柔和な印象を他人に与える、リサ・ディール。だがその時の彼女は、まるで別人のように激昂していた。


「ふざけるな」


 黄昏色に染まった銀の髪が、燃えるように輝いている。杖を握りしめる小さな手は怒りでわなわなと震えていた。


「おまえがわたしにやったことは、わたしと父への愚弄だ」


 顔を上げたリサは、今までにない剣幕で叫び上げる。その様子を、王女の旅の仲間たちは、塔の最上階から固唾を呑んで見守っていた。


「かりそめの幸福で、人の心を弄ぶな」


 背に乗せたリサの言葉を聞き、アルフの瞳がはっと大きくなる。


 ――たとえそれが、どれだけ残酷であったとしても。王女が望むのは、優しい嘘よりも真実なのだ。


「わたしの国に、おまえは必要ない!」


 そう吠えたリサは、暁光の杖を高々と掲げる。西の空から差す太陽の光を受けて、杖は明けの明星のように激しく輝いた。


「すごい光だ!」


 杖から発せられる強烈な光に、塔にいた人々は思わずぎゅっと目をつむる。

 まばゆい光の波はどんどん広がり、やがてディールの国土全体を覆った。


「ぐおおおおおおおおおッ!」


 辺りを包む白い輝きに、魔神王が苦しみの声を上げる。光が強くなればなるほど、悪魔の身体は灰のように焦げ腐っていく。


「今日で、終わらせる……!」


 龍の背に乗ったリサは、白く焼け付く世界の中で、決して杖から手を離さなかった。


 今日、この場所で。数百年前から――前世から続く長い戦いに、終止符を打つのだ。


 しばらくすると、眩しい光に包まれていた王国は、徐々に元の姿を取り戻していった。

 塔から戦況を見守っていた人々は、恐る恐る閉じていた瞳を開く。


 ――悪魔が消えた、黄昏の空に。

 金色の龍と美しい銀髪の少女が、悠々と舞っていた。

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