第34話 黄昏の塔
北の海にぽつんと浮かぶ、ディールの城下町ほどの小さな島。その島に、魔神王の眠る塔は佇んでいた。
「黄昏の塔」――かつて龍神王が、魔神王を封じた塔だ。
何の変哲もない石造りの塔。しかし、ここに悪魔族の王が眠っているのだと思うと、とてつもなくおぞましい場所のように思えてくる。
船旅を終え、北海の孤島に上陸したリサ王女たちは、天空に向かって伸びる建造物を見上げていた。
「この最上階に……魔神王が」
王女はそう呟き、黄金に輝く暁光の杖をぎゅっと握りしめる。王家の山で手に入れたその杖は、悪魔の呪いを無効化するだけでなく、彼女自身の魔力を増幅してくれるのだ。
リファの生まれ変わりとして、高い潜在能力を有するリサ。彼女の魔法の力ならきっと、魔神王を討ち滅ぼせる。
アルフたちの使命は、そんなリサを護ることだ。
「何が起こるか分かりません。心して登りましょう」
王女の専属護衛であるサウードは、白い手袋を嵌めた手で、頑丈な塔の門を恐る恐る開いた。
◇ ◇ ◇
塔の内部は黴臭く、しんと静まり返っていた。当然だが、リサたち以外に人影はない。
「魔神王の眠る場所」というだけあって陰鬱とした場所を想像していたアルフだったが、彼の予想に反して、建物内は明るかった。所々に点在する窓から差し込む昼の光のお陰だろう。
「今からこれを登るのかあ……」
塔の壁に沿い延々と続く螺旋階段を見て、ロバンがげんなりと顔を曇らせる。それもそのはず。階段は、頂上に到着するころには日が暮れていそうな長さなのだ。
魔神王が封印される前、この塔はいったいどんな用途で使われていたのだろう。
数百年前に造られた建物というだけあって、足場が欠けている場所があったり、壁に穴が空いていたりする。兵士たちは、そんな塔の中を慎重に進んでいった。
やがて、数時間かけて塔の中腹まで登ったリサたちは、突如現れた黒い扉の前で立ち尽くした。
体格の良い兵士よりもさらに背の高い、大きな金属の扉。この奥に魔神王がいるわけではないと思うが、なにか悪魔に関する情報が得られるかもしれない。
「まだ階段は続いているけれど……入ってみましょうか」
王女の言葉を合図に、サウードが重い扉を開ける。
中に入った一行を待ち受けていたのは、石でできた大広間だった。四角く切り取られたいくつかの窓からは光が差し込み、島の向こうに広がる大海原を見下ろせる。
「これはまた……美しい壁画だね」
広間の壁一面に描かれた絵画を見て、ロバンが感嘆の声を上げた。彼の言う通り、エネルモア遺跡で見たそれとは比べ物にならないほどの美しい壁画がそこにあった。
宇宙の星々を、無数の円が繋いでいる絵。誰が描いたものなのかは分からないが、きっと名のある画家によって制作された素晴らしい代物なのだろう。
一行は立ち止まり、神秘的な壁画を黙って見上げる。
「『輪廻』……」
小さく呟かれたリサの言葉に、その場にいた誰もが納得した。
この絵はきっと、「永劫の輪廻」を表しているのだ。
――人の命も、大地を覆う草花も、魔力の流れも。全ては循環していて、この星を廻っている。
リファの生まれ変わりであるリサと、龍神王の生まれ変わりであるアルフが出逢えたのも、永劫の輪廻によるものだ。
「一度は果てた命も、いつかまた別の姿で生まれ変わる。――おとぎ話だとばかり思っていたけど、アルフとリサが本当だと証明してくれたね」
ファロン博士の言葉に、アルフは気まずく肩を竦めた。神も輪廻も信じていなかった彼にとっては、なんとも皮肉な話だ。
「ここに描かれてるのって、夢魔サキュイラかな?」
ふと、アルフの隣に立つミラが、端の方に描かれている数人の人物を指差した。そのうちの一人に見覚えがある。
赤い角に、漆黒の羽。先日、王家の山にて龍と化したアルフが葬った、夢魔サキュイラだ。
サキュイラたち悪魔は壁画の中で、星々を包む循環の円とは離れた場所に描かれていた。
「これは、きっと……悪魔が『別の星からやってきた生命体』であることの暗示だろうね」
博士の言葉に、誰もが頷いた。数百年前に別の星から飛来した悪魔族は、この星を纏う「輪廻」の軌道には乗っていない。
「悪魔が死んでも、この世界に生まれ変わることはない――この絵が言いたいのは、そういうことだ」
その言葉を聞き、アルフの琥珀の瞳に揺るぎない決意が漲る。壁画に描かれた悪魔たちを見つめながら、彼は両手にぐっと力をこめた。
魔神王を倒し、数百年前から続く龍と悪魔の戦争を、今日で終わらせるのだ。
「一度は果てた命も、いつかまた、別の姿で生まれ変わる――か」
ならば、悪魔との戦いが終結したその時、アルフの魂は何処へ流れるのだろう。
死ぬこともできず、一生、時空の挟間で彷徨い続けるのだろうか。
――それでも、構わない。
アルフは顔を上げ、前方に立つリサの小さな背中をじっと見つめた。
――あの背中を守るためなら、どんな結末が待っていようとも、決して恐れない。
身体に流れる龍の血が、熱く滾る。
瞳を閉じて、アルフは、耳元で揺れる月長石のピアスにそっと触れた。




