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女王の龍は暁光に舞う  作者: 瀬尾ゆすら
第7章 アルカナを宿す者
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第29話 龍の過去は未来に<2>

 ミラとロバンの息子「アルフレッド」はすくすく育ち、つい先日、5歳の誕生日を迎えた。

 本来なら遊び盛りの年齢だが、悪魔が蔓延(はびこ)るこの世界では、研究所の外に出ることはできない。

 そのかわり、彼は科学者の母と医者の父を持ち、二人の研究室にある難しい書物を教科書代わりに読む日々を過ごしていた。


 そうして聡明な子に育ったアルフレッドは、両親のみならず、研究所の面々の癒しであり希望の存在となっていた。


 そんな、ある日のこと。


「悪魔族が現れました!」


 いつものように研究を行っていたミラたちのもとに、顔面を蒼白にした部下がやってきて、そう告げたのだ。


「なんだって!?」


 驚き部屋を飛び出す博士に続き、ミラとロバンも戦いの準備を始める。

 慣れたように魔石銃を装填する母と、腰に提げた銀色のサーベルを手に取る父を見て、幼いアルフはひたすらに混乱していた。


「アルフ、地下室に隠れてなさい! 絶対に出てきちゃだめ!」


 そう言い残し、母と父は研究所の外へ駆けていく。


「なんだ、これは……!?」


 研究所から出たロバンは、外に広がっていた光景に絶望して、そう呟いた。

 女型の悪魔が大量の魔獣を引き連れ、研究所の敷地を包む障壁に一斉に攻撃していたのだ。


「あれが、夢魔サキュイラだよ!」


 障壁を守るため必死に氷魔法を制御するファロン博士が、嗄れた声でそう叫ぶ。


 魔獣たちを指揮する、リーダー格の女。昼下がりの空の下、まるで夜のような黒い瘴気を纏うその女は、巨大な羽をはためかせて宙を舞っていた。

 伝え聞いた話だが、5年前に魔神王の封印を破ったのもあの女らしい。目が合っただけで呪われてしまいそうな、禍々しい赤色の瞳に、ロバンはサーベルを持つ手を震わせた。


「くそッ! もうもたない!」


 博士が舌打ちすると同時に、研究所を包む障壁に、にやりと笑うサキュイラが炎を放ってくる。するとみるみるうちに氷が解け、開いた穴から大量の魔獣が侵入してきた。


「うおおおおおおッ!」


 武器を持った研究員たちが、押し寄せる魔獣の波に応戦する。「悪魔を建物内に入れてはいけない」というのは、そこにいる全員が痛いほどに認識していた。


 研究所の中には、大切な発明品や実験器具がある。なにより、所員の子供たちが、地下室に大勢隠れているのだ。

 たとえ元々は罪のない動物で、サキュイラによって魔獣に変えられてしまったのだとしても。子供たちの命を、獣たちにやすやすと狙わせるわけにはいかない。


「ふうん。研究所っていうから、頭でっかちばっかりなのかと思ってたけど。なかなかやるみたいね」


 敷地内に侵入してきたサキュイラが、魔獣と互角に戦う研究員たちを見下ろし、楽しげに呟く。

 殺戮を好み、世界をこんな混乱に陥れた張本人に、ロバンは心の底から嫌悪を抱いた。


「ここは、あたしの出番かな」

 

 すると、サキュイラの左手から突然、黒い霧のようなものがぶわりと溢れる。それはみるみるうちに辺りに広がり、地上にいる男の研究員たちを一気に襲った。


「ロバン!」


 切羽詰まった声で、ミラが夫の名を呼ぶ。


 ばたばたとその場に倒れる男たちを目の当たりにして、残された女性研究員たちは呆然としていた。夢魔は異性を眠らせる「呪い」を使うと聞いていたが、どうやら本当らしい。


「どうすれば……勝てる?」


 サキュイラの呪いによって戦力が半減してしまった状況に、ミラは眉根を寄せる。

 魔獣の数はある程度削れたものの、まだあと数十匹以上残っているのだ。魔法の得意なファロン博士が味方にいるとはいえ、これを女だけで片付けるのはさすがに苦しい――。


「父さんッ!」

 

 そのとき、背後から声がして、ミラははっと後ろを振り向いた。地下に避難させていたはずのアルフレッドが、研究所の入り口から、倒れるロバンに向かって勢いよく走り寄っていたのだ。


「アルフ、出てきちゃだめ!」


 ミラは悲鳴のような声で息子に呼びかけるが、彼は小さな足を懸命に動かし、息を切らしてこちらにやってくる。

 そんなアルフを目ざとく見つけ、宙に浮くサキュイラは、長い爪の伸びる左手を前方に突き出した。


「うふふ、かわいい男の子ね。いい夢見なよ」


 夢魔から放たれた黒い瘴気が、アルフの小さな体を襲う。


「アルフッ!」


 泣き声にも似た声を上げ、ミラは息子の名を呼んだ――が。

 サキュイラが放った眠りの呪いは、なぜかアルフの目の前で霧散してしまった。


「あたしの呪いが効かない!? まさか……」


 夢魔は驚き、血のように紅い目をかっと見開く。その隙につけこみ、ミラは構えていた魔石銃の引鉄を引いた。


 パアン!


 鼓膜をやられそうなほど大きな発砲音が、辺りに鳴り響く。と同時に、ミラお手製の人工魔石でできた弾丸が、ボンッという音を立てて一気に爆発した。


「やったか!?」


 両耳を塞いだファロン博士が、吹きすさぶ爆風の中、戦況の行方をごくりと見守る。優秀な部下が造った魔石銃の威力はやはりとんでもない。これなら、サキュイラもひとたまりもないだろう。そう思った――が。


 風がおさまり、砂煙が止んだ先に姿を現したのは。下半身を吹き飛ばされながらも、こちらをぎろりと睨むサキュイラだった。


「なんて生命力なの……」


 悪魔のしぶとさに打ちのめされながらも、ミラは排莢と弾薬の装填を行う。だが、手が震えてもたつくせいでうまくできない。


「いったいわね……! これだから女は嫌いなの!」


 上半身の断面からどす黒い血がどくどくと流れている。それを気にした様子もない夢魔は、地面に這いつくばりながら、背中の羽根を黒い刃に変化させた。


「母さん、逃げて!」


 アルフの叫びも虚しく、サキュイラはミラめがけて刃を放つ。


「母さんッ!」


 悪魔の刃が、ミラの胸をぐさりと貫く。――その光景を見た瞬間、アルフの中で、何かがぷつりと切れる音がした。


 琥珀の瞳が光ったかと思うと、先刻の魔力爆発よりもはるかに大きな、轟音と爆風が巻き起こる。


「アルフレッド!?」


 ミラたちの息子から発せられるその強烈なエネルギーに、博士は驚いた声で彼の名を呼んだ。その場にいる他の人間たちもみな、耳を塞ぎ足を踏ん張り、辺りに渦巻く嵐に耐える。


「グオオオオオッ!」


 獣の咆哮が聞こえ、吹き荒れる風が収まった。


 ファロンが目を開くと、そこにいたのは――黄金の鱗を持つ、琥珀の瞳をした巨大な龍だった。


「アルフ……なの……?」

 

 胸を抉る傷の痛みに必死に耐え、ミラは目の前に聳え立つ金色の龍に呼びかける。

 龍と化したアルフは雄叫びを上げながら、幾多もの魔獣を喰いちぎった。


「あ、あんたは……龍神王の……!」


 獰猛な龍は、愕然とした表情で何かを言いかけるサキュイラに喰らいつき、その身体を噛みちぎる。

 そうしてその場に残ったのは、無数の魔獣の死骸と、ばらばらに引き裂かれた夢魔の遺体だった。


「なんてこったい……」


 何が起きたのか理解できず、ファロンは呆然とその場を見つめる。

 人間の姿に戻ったアルフは、血を流す母の傍に急いで駆け寄った。


「母さん」


 琥珀の瞳を潤ませ、心配そうにこちらを覗きこんでくる息子を安心させようと、ミラは精一杯微笑む。


「アルフ、龍に変身できるの? 母さん、びっくりしたよ……」


 努めて明るい声でそう言い、傍にいる息子の漆黒の髪を撫でた。どんなときでも決して弱音を吐いてはいけない。愛する息子の前でなら、なおさらだ。


 胸から血が流れるほどに、意識の糸が細まっていく。視界は白く霞み、愛する我が子の顔をもっと見たいのによく見えない。


「ごめんね。母さん、もう先は長くないみたい。……だから、お願い。母さんに代わって、父さんと一緒に『龍神王の秘宝(アルカナ)』を見つけてほしい。アルカナがあればきっと、この世界を悪魔から救えるんだ……」


 今にも消えてしまいそうな声で、ミラは息子に懇願する。しかしアルフは、それを受け入れなかった。


「……ちがう」

「……え?」


 途切れそうになる意識を必死に繋ぎ、ミラはアルフの口元に耳を寄せる。


「違うんだ、母さん。父さんと母さんはもう、アルカナを見つけてるんだよ」


 そう告げるとアルフは、眠るロバンの(かたわら)に落ちていた銀のサーベルを手に取り、自身の手の甲をすぱりと切った。


「なに、してるの……。そんなことしちゃ、痛いでしょう」


 アルフは首を振り、切った手から滴る血を、ミラの胸にそっと押し当てる。

 ――するとそこから光が生じ、彼女の体は温かい光に包まれた。


「……奇跡だ」


 その光景を見ていた博士は、無意識のうちにそう呟く。


 ――アルフの血によって、ミラの傷がみるみる塞がったのだ。

 まるで、神業のように。


「僕は、龍神王の生まれ変わり。そしてこれが、母さんたちがずっと探してた、『龍神王の秘宝(アルカナ)』だよ」


 どんな不可能も可能にすると伝えられている、伝説の財宝――「龍神王の秘宝(アルカナ)」。

 その正体は、生まれ変わった龍神王の身体に流れる「血」そのものだった。

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