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女王の龍は暁光に舞う  作者: 瀬尾ゆすら
第7章 アルカナを宿す者
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第28話 龍の過去は未来に<1>

 はっと目を覚ましたアルフは、痛む頭に手をやった。なんだか、長い長い夢を見ていたような気がする。


「アルフ! 目を覚ましたんだね!」


 突然、ロバンが泣きそうになりながら顔を覗きこんできて、アルフは慌てて体を起こした。

 木製のベッドに横たわり、白いシーツをかぶせられた体。彼が横たわるベッドのそばには、心配そうな表情をしたファロン博士も腰かけていた。


「ここは……城の医務室、か?」


 起きたばかりでぼうっとする頭を働かせ、アルフは思考する。

 彼が寝ていたのは、たくさんのベッドが立ち並び、白衣を着た医者や看護師たちがせわしなく働く広い部屋だ。左手にある窓からは明るい朝日が差し、部屋全体を温かく照らしている。


「そうだよ。……アルフ、君、五日前にディール山の神殿で龍に(へん)()したこと、覚えているかい? あのあと君は深い眠りに落ちてしまって、僕たちは君をここまで運んだんだ」


 ロバンの言葉に、ぼうっとしていた頭が一気に覚醒する。


 ……そうだ。数日前、リサが「暁光の杖」を手にするのを見届けるため、自分たちはディール山を登ったのだ。

 そして、みごと頂上にある神殿に辿り着き、リファ・ディールの幻影と対面し、夢魔サキュイラの襲撃を受け、リサが――……。


 そこまで思い至ったところで、アルフは琥珀の瞳をはっと見開いた。


「リサはッ!? 今どこに!?」


 大きな声を出して身を乗り出すアルフを、ロバンが慌てて宥める。


「あっちにいるよ」


 ロバンが右を指差し、つられてそちらを向く。そこにいたのは、アルフのいる場所から少し離れたベッドの上に横たわるリサと、それを取り囲むミラとサウードだった。


「リサッ!」


 アルフがベッドから飛び出そうとするのを、博士とロバンが取り押さえる。


「まだ安静にしてて。リサちゃんは無事だ。呼吸はちゃんとある」

「でも……」


 リサは自分を庇って大怪我を負ったのだ。今も目覚めていないとなれば、相当深い傷をつけられたに違いない。その証拠に、ベッドに横たわる彼女の腹部には、止血帯が何重もぐるぐる巻きにされている。


「王女様のご容態は、私達がちゃんと見守っています。だから、あなたもしっかり休んでください」


 低い声でそう言ったのは、リサの隣に腰かけるサウードだ。

 白い軍服に、銀縁眼鏡。いつもの格好をした彼だが、その目元には黒い(くま)ができていた。休んだ方がいいのは、どう考えてもアルフよりサウードの方だ。


「あんたが目覚めてくれて、本当によかったよ」


 アルフが何か言おうとする前に、隣に座っていたファロン博士が立ち上がり、彼の背中にそっと触れる。


「ロバンから『アルフレッドと王女さまが目覚めない』って連絡を受けて、慌てて参上したんだ。王女さまに『ディール山に行け』と進言したのは、あたいだからね。あんたたちに何かあれば、それはあたいの責任だよ」


 俯きながら発された博士の言葉に、アルフは急いで首を振った。


「いいえ。博士のおかげで、リサは杖を手に入れて、王家の真実を解き明かすことができました。リサが怪我を負ったのは、夢魔の攻撃から俺を庇ったせいです」

「アルフ、お願いだから自分を責めないで。サキュイラの本当の狙いはあなただったなんて、あの場にいる誰も気づけなかったよ」


 ミラの発言に同意するように、その場にいる誰もが頷く。


 ――あの時。神殿の床に這いつくばるサキュイラと対峙したとき、ずっとリサを睨みつけていた夢魔の視線が、突然アルフを向いたのだ。

 あの夢魔はきっと、以前遺跡で戦ったときから気づいていたのだろう。アルフが「龍神王の生まれ変わり」だと……。


「……俺は、ディール大森林に捨てられていた孤児で、5歳までの記憶がない――という話は、サウードとロバンに伝えたことがあったはずだ」


 そう述べ、アルフは右耳のピアスにそっと触れた。

 そして、あの満月の夜、神聖なる神殿で起きた出来事をもう一度回想する。


 サキュイラの放った黒い刃が、アルフを庇ったリサの体を貫いた。傷つき血を流す王女を目の当たりにした瞬間、アルフは自分の中で、何かがぷつりと切れる音を聞いたのだ。


 ――あの時あの瞬間、彼は思い出していた。失われた過去の記憶も、自身の出生の秘密も、ミラとロバンが誰であるかも、己の身体に流れる龍の血も――何もかもを。


「俺は、捨てられたんじゃない。自分の意思であの森にいたんだ。愛する両親に見送られて」


 「両親」という言葉を聞き、隣に座るロバンがはっと息を吞む。ついに、あのサーベルに書かれた謎が解ける日が来たのだ。


「とても――とても、長い話になる。だけどどうか、聞いてほしい。どうして俺が、今ここにいるのかを」


◇ ◇ ◇


 ある晴れた日の、早朝のこと。

 赤ん坊の元気な泣き声が、ファロン魔法科学研究所に響き渡った。


「……ミラ。これが僕たちの子だよ」


 研究所所属の医者であるロバンは、妻であるミラの出産に立ち会い、自分たちの子を取り上げた。

 

「男の子だ……」


 生まれた我が子と対面し、ミラは茶色の瞳を潤ませる。赤毛は乱れ、ベッドに横たわる体はくたくただ。夜通し続いたお産を耐え忍んだのだから当然だ。


 身ごもっているときも、出産のときも。弱音など一つも吐かず前を向き続けてくれた妻のことを、ロバンは本当に誇りに思っている。


「ミラ、本当にありがとう」


 こちらを見る夫の瞳から涙が零れ落ち、ミラもつられて泣いてしまう。


「あたしもこの子も、ちゃんと元気。あんたのおかげだよ」


 ロバンの手に抱かれている、まだ新しく生まれたばかりの命を見つめ、ミラは微笑んだ。

 夫の両手で足りるほどの小さな体。10ヶ月の時をミラのお腹の中で過ごし、ついに今日、二人の前に姿を見せてくれたのだ。


 優れた医者であるロバンは、小さな息子を抱きかかえ、点眼や検温などの必要な処置をてきぱきと行っていく。


 しばらくすると、入り口の扉の向こうから、ぱたぱたという足音が聞こえてきた。


「ようやく生まれたのかい」


 分娩室の入り口に姿を現したのは、リン・ファロン博士だ。

 ミラとロバンの上司で、研究所の所長。実験の最中だったのか大きな白衣を羽織っている。おそらく、所内に響き渡った赤ん坊の泣き声を聞きつけて、ミラたちの出産を祝いに来てくれたのだ。


「おや、男の子かい。……ミラ、よく頑張ったね。しっかり休むんだよ」

「ありがとうございます」


 胎盤娩出と医療処置を終え、寝間着にくるまってベッドの上で赤ん坊を抱いていたミラは、大好きな博士の言葉に大きく頷く。


「博士も抱いてあげてください。あたしたちにとって、博士はお母さんです。だからこの子にとって、博士はおばあちゃんですよ」

「まだ『おばあちゃん』って歳でもないけどねえ……」


 そう言いながらも、博士の黒真珠のような瞳は、嬉しそうに輝いていた。


「この子、髪も瞳も、おまえたちに全然似てないね」


 腕の中で眠る小さな生命を見つめながら、ファロンは呟く。彼女の言う通り、タオルに包まれた赤子の髪は黒く、瞳は琥珀色をしていた。その色はミラとロバンのどちらにも似ていない。


「そう言われればそうですね。突然変異……かな?」

「なんにせよ、僕たちの子であることに変わりはないですよ。この子は、こんな世界に生まれた僕たちの希望だ」


 窓辺の椅子に腰かけたロバンはそう言い、窓の外に広がる荒廃した大地に目をやった。


 かつてはここから少し離れたところに、活気ある大都市エネルモアが存在したのだ。しかし現在、エネルモアは悪魔族の襲撃を受け、無人の廃墟と化してしまっている。


 ――魔神王が復活し、リサ・ディールが亡くなり、暁光の杖が破壊されてから、はや5年。

 ディールの人口は悪魔によってがくんと減り、王国滅亡の危機を迎えていた。残された人類は悪魔族の襲撃に怯え、隠れて暮らしながら、ひっそりと命を繋いでいるのだ。

 この研究所も、ファロン博士が生成した魔法の氷障壁によって、悪魔からの襲撃を辛うじて逃れていた。


「そういやおまえたち、この子の名前はもう考えてあるのかい?」


 博士からの問いに、ミラとロバンは見つめあって頷く。窓から差し込む眩しい暁光が、博士の腕の中の赤子を明るく照らした。


「この子は、あたしたちの希望です。いま、世界はこんなことになってるけど。いつか、人類が勝利する日が来るのを信じて。いつか、あたしたちが『龍神王の秘宝(アルカナ)』を手にできる日を信じて。この名を贈ろうと思います」


 "アルフレッド(アルカナを宿す者)"と。

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