表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女王の龍は暁光に舞う  作者: 瀬尾ゆすら
第6章 龍の目覚め
26/38

第26話 怒れる龍はついに目覚める<1>

「……お父さまは、わたしが生まれたその日から、わたしの正体に気づいていたんだわ」


 リファの幻影が消えた、真夜中の神殿で。魔女の言葉を噛みしめながら、リサは誰に宛てるわけでもなく呟く。


 暁光の杖に触れると、魔石にかけられたリファの魔法が発動する仕組みになっていた。したがって、かつてここで王位継承の儀式を行ったエリック・ディールも、リファの幻影に会い、王家にかけられた「呪い」の存在を知ったはずだ。


「でも決して、それを他言することはなかった」


 リサは杖を握りしめ、虹色に輝く魔石に映る自分自身を見つめる。


 きっとエリックは、娘であるリサに、彼女自身の手で真実を掴み取ってほしかったのだ。「リサ・ディールは建国の魔女の生まれ変わりであり、魔神王すら倒しうる魔力を持つ人物なのだ」と。


 ――そして王女は、見事その両手に杖を抱くことができた。

 エリック王が信じたリサは、自分の足で歩き、決して逃げることなくここまで来たのだ。


「……わたしはこの世界からアルカナを探し出し、北海の孤島に封印されし魔神王を討ちます」


 こちらを振り向いたリサは、たった今手に入れた暁光の杖を、両手で高く掲げた。

 彼女の背後から届く月の光が、杖の黄金をまるで朝日のように輝かせる。


「この国のために。そして、わたしたちの未来のために!」


 王女の宣言に続くようにして、その場にいる兵士たちが(とき)の声を上げた。

 拳を突き上げ、リサへの忠誠を誓う彼らの姿を見て、アルフの胸に熱いものがこみ上げる。

 

 旅立つ前は内気でか弱く、誰しもに「女王になどなれるわけがない」と思われていたリサ王女。そんな彼女が、今、自らの手で王家の謎を解き明かし、幾人もの兵士たちの心を集めている。


 もし今、一つだけ願いが叶うなら。

 リサのこの姿を、エリック王に見てほしい。


 アルフがそう願った――そのとき、だった。


「……へぇ。あんた、あの女の生まれ変わりだったんだ」


 腹の底に響く不快な女の声が神殿内に木霊し、アルフたちはさっと身を固くする。

 ――この、声。聞き間違えるはずなどない。


「夢魔サキュイラ、か……!?」


 エネルモア遺跡でレオンの命を奪った、人類の敵。


「……正解。また会ったわね、いい男」


 アルフの問いに答え、正面に立つ柱の陰から、黒い人影がにゅっと姿を現した。


「邪魔な杖をぶっ壊しにきたんだけど……一足遅かった。最悪の展開だわ」


 薄闇の中光る、血のように紅い眼。背中から生える、黒く巨大な羽。

 全身から禍々しい瘴気を吐き出す夢魔サキュイラは、満月を背に妖しく微笑んでいた。


「これが、悪魔……!」


 魔の生物と対峙し、兵士たちに緊張が走る。サウードの目配せで兵士らは銃部隊と近接部隊に分かれ、作戦通りに散開していく。


 対するサキュイラは、忌々しげにリサを見つめていた。以前、遺跡での戦闘で喉に大怪我を負わせたはずだが、ある程度回復しているようだ。夢魔のその異常なまでの生命力に、アルフは心底嫌気が差す。


「リファ・ディール……本当に憎たらしい女ね。龍神王の心を(ほだ)し、こんな杖を作り、魔神王さまの呪いすら跳ね除けて転生するなんて……」


 素足のままのサキュイラが、白い床の上をひたひたと歩く。その足取りは真っ直ぐにリサを目指していて、アルフとサウードは武器を構えて王女の前に出た。


「生まれ変わっても、またこうして男どもの心を奪っては、傍に(はべ)らせてるのね。あたしの呪いよりよっぽどたちが悪いじゃない」


 嫌味たらしく発された夢魔の言葉に、サウードが「ふざけるな!」と叫び上げる。


「ここにいる者はみな、自らの意思で王女様に仕えている! 貴様の卑しい術と一緒にするな!」

「あー、はいはい。女の趣味の悪い男ね。さっさと眠っちゃいなよ!」 


 サキュイラの左手から、黒い霧のようなものなじわりと滲む。遺跡でも見た攻撃だ。――「呪い」が来る!


「リサ、『杖』を!」


 アルフの叫びに反応して、背後にいる王女が杖を高く掲げた。すると、リサの背丈ほどある黄金の杖から光の粒子が発され、サキュイラ目がけて飛び散っていく。


「くそッ……! だから、あの杖を壊しておきたかったのにッ!」


 夢魔の左手に宿っていた黒い(もや)が、みるみるうちに光の粒子に吸収されていく。


「『呪い』を無効化できたんだ!」


 その光景を見て、兵士たちの表情に希望が満ちた。リサ王女の持つ暁光の杖が、悪魔の呪いから守ってくれたのだ。

 ……いける。これなら、悪魔と渡り合える!


「畳み掛けるぞ!」


 怒号のようなサウードの掛け声を合図に、兵士たちは攻撃を開始した。剣や槍を持った近接部隊はサキュイラに突撃し、注意を引きつける。その隙に銃を持った兵士たちやミラが四方を囲み、発砲の機会を今か今かと伺う。


「……チッ」


 二十人近い兵士と、対するは悪魔一体。サキュイラは防戦一方だった。その様子を、少し離れた場所から、アルフとサウードに守られたリサが固唾を呑んで見守る。


「リサ。やつが宙に逃げたら、作戦通り雷の魔法を頼む」


 声を潜め、アルフが背後にいるリサにそう語りかけると、彼女は臆することなく「ええ」と答えた。

 アルフたちの作戦はこうだ。リサの雷魔法でやつを感電させて飛べなくし、その隙にミラから譲り受けた魔石弾をぶち込む。

 今度こそ、悪魔に勝ってやる。


「今だ!」


 焦りの表情を浮かべたサキュイラが宙に舞い、アルフは銃を構えながら叫んだ。それに呼応したかのように、リサが杖を掲げて呪文を詠唱する。すると、まるで天罰のような稲妻が辺りに迸り、夢魔の身体を縛り付けた。


「ああああああッ!」

 

 暁光の杖が術者の魔力を増幅させるというのは、どうやら本当だったらしい。痛みに悶え地に墜ちた女めがけて、アルフは迷わず銃の引鉄を引く。


「総員、伏せろッ!」


 サウードの声が響いた次の瞬間、とんでもない爆発音と風が巻き起こった。

 神殿が揺れる。


 ミラの作った魔石弾は、やはり流石のエネルギーだ。時空を歪ませるという話も眉唾ではない。


「やったか……?」


 リサを背にしてしゃがみながら、アルフは額の汗を拭った。

 ……あの悪魔のことだ、まだくたばっていない可能性もある。

 銃の排莢と装填をしなから、魔力爆発の衝撃が()むのを待った。


 やがて、あたりに満ちていた白煙が神殿の広間から姿を消す。


「うっ……くっ……」


 そこにいたのは、下半身を吹き飛ばされたサキュイラだった。夢魔は血みどろになって地を這いながらも、リサを鋭い眼光で睨んでいる。


「しぶとい女だ」


 この期に及んで、まだリサを狙うとは。


 もう一発弾を撃ち込んで、今度こそ命を絶ってやる。そう思ったアルフが銃を構えた、その刹那。

 それまでリサしか見ていなかった夢魔の目が、なぜか突然、ぎろりとアルフを向いた。


「……え?」


 鮮血のような眼と視線が合った瞬間、サキュイラの羽から、黒い刃がこちら目がけて飛んでくる。


「アルフ危ないッ!」


 ――何が起こったのか、分からなかった。


 誰かの精一杯の力で突き飛ばされたアルフは、大理石の床にどさりと倒れ込む。それと同時に、刃物が皮膚を貫く、グサリという残酷な音を聞いた。

 でも、自分が刺されたわけじゃない。倒れるアルフの体はどこも痛まず、平穏無事だった。


 では、誰が刺されたのか。アルフの代わりに、夢魔の刃を受けたのは……。


「リサぁッ!」


 ミラの悲痛な叫びが木霊し、アルフははっと我に返る。

 その瞬間、彼の目の前に、腹部から血を流すリサが倒れこんだ。


「王女様ッ!?」


 サウードの声が、アルフの聴覚の外側で鳴り響く。


 ――アルフを守って、リサが刺されたのだ。そう理解すると同時に、目の前から色が失われていく。


「リサちゃん、すぐに止血するからね」


 倒れるリサにロバンが駆け寄るが、アルフは動くことができない。


「この悪霊がぁッ!」


 唸り声を上げながら、サウードや兵士たちがサキュイラに突撃する。


「リサ」


 アルフは(かす)れる声で王女の名を呼んだ。

 腹部から血が流れるにつれ、リサの顔はどんどん蒼白になっていく。けれど彼女は、右手に持つ暁光の杖を絶対に離そうとはしなかった。


「よかった。無事だった、アルフ……」


 こちらへ左手を伸ばすリサが、アルフの手にそっと触れてくる。城でアルフを誘ってくれた、温かいはずのその手は、今は恐ろしいほどに冷たい。


「わたし、アルフのこと、やっと守れた……」


 色のない唇に笑みを浮かべ、リサはアルフの瞳を見つめる。


「この杖を……お願い」


 そう告げると、王女は眠るようにして瞳を閉じた。


「頑張るんだ! 負けちゃだめだリサちゃん!」


 止血を施すロバンが、リサを呼び戻そうと必死に叫ぶ。

 触れた手の温度が、どんどん下がっていく。


 ――嗚呼。


「どうして……」


 どうして、こうなった。

 どうして、リサは傷ついた。


 アルフは虚ろな瞳で、前方にいるサキュイラを見た。魔石銃を持つ手が小刻みに震える。


「あいつだ……」


 あいつが、リサの身体を害したのだ。


 ――ならば、自分は。


「あいつを殺す!」


 琥珀の瞳が光ったかと思うと、先刻の魔力爆発とは比較にならないくらいの、大きな轟音と爆風が巻き起こった。


「アルフ!? どうしたんだい!?」


 アルフから発せられるその強烈なエネルギーに、ロバンはリサを庇いながら声を上げる。

 その場にいる他の人間たちもみな、耳を塞ぎ足を踏ん張り、混乱に耐えようとしていた。


「うああああああああッ!」


 声の限り吠えるアルフの身体を、まるで暁光のような光が纏う。

 怒り、哀しみ、悔やみ、憎しみ。あらゆる感情が彼の四肢を駆け巡り、秘めていた力の(たが)を外す。


 耳鳴りがする。骨の軋む音がする。肉は膨れ上がり、血管も神経も破れそうだ。

 呼吸が熱い。血が熱い。何もかもが熱い。白く輝く蒸気が、膨張する彼の身体を包んでいく。


「グオオオオオッ!」


 獣の咆哮が聞こえる。


 吹き荒れる嵐が収まり、ロバンはゆっくりと目を開いた。

 

 アルフの姿は、そこにはない。――けれど、その代わり。


 黄金の鱗を持つ、琥珀の瞳をした龍がそこにいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ