第24話 「ゆらぎ」
約2日間にわたる移動を終え、リサ王女はエネルモアから城へ帰還した。
王女が規律を破り無断で城を飛び出したことに、保守的な執政官や大臣たちは怒り心頭だった。それでもリサは、臆することなく彼らに宣言したのだ。「父の遺志を継ぎ、女王になりたい」と。
「――ルフ。アルフッ!」
――きつい口調で名前を呼ばれた気がして、アルフははっと我に返った。
前方の山道を歩くサウードが立ち止まり、こちらを鬼の形相で振り返っている。
「気を逸らしていませんでしたか? ……ここは神聖なる王家の山です。目の前のことに集中してください」
腰に手を当てため息をつくサウードに、アルフは慌てて詫びを入れた。
――ここは、ディール城からさらに北。頂上に「暁光の杖」が眠る、ディール山の中腹だ。
リサ王女に率いられて、アルフたちは今朝から、この神聖なる御山の踏破に臨んでいるのだ。
サウードに喝を入れられたアルフは、深呼吸して気合いを入れ直し、周囲を見渡す。
標高の高いディール山。半日も登れば、空気は少しずつ冷たくなってくる。周囲には針葉樹がぽつぽつと出現していた。
「アルフ、なんだか嬉しそうね?」
隣を歩くリサが、こちらを見て笑いかけてくる。彼女は寒さに備えて、水色のローブの上に灰色の外套を羽織っていた。
「ああ。リサが城に戻ったときの、大臣たちの反応を思い出していた」
旅立つ前とは打って変わった、リサ王女。別人のようになって帰ってきた彼女を目の当たりにしたときの、城の男たちの泡を食ったような表情を思い返すと、アルフは痛快な気分にすらなる。
「『悪魔を倒すために暁光の杖を手にしたい』って言ったら、みんな騒然としていたわね」
そう苦笑するリサの言葉に、アルフは「ああ」と頷く。
「死んだはずの夢魔サキュイラが生きていた」なんて言っても、彼らの理解の範疇を超えているのは明白だった。それでもリサは主張し続けたのだ。「エリック王の遺した『王家の真実』という言葉と、暁光の杖を手に入れ悪魔を倒すことは、きっと繋がっている」と。
「リサの説得の甲斐あって、山に入ることを許してもらえたな」
アルフに称えられたリサは、嬉しそうに顔を綻ばせる。
本来ならば、王位継承の儀式以外の目的で立ち入ることを禁じられているディール山。今回「特例」としてこの山を登ることを許可してもらえたのは――他の誰でもない、隣にいるリサ・ディールのおかけだ。
◇ ◇ ◇
太陽が南中し、王家の山は昼時を迎える。
山道から少し離れた場所に開けた場所を見つけたサウードは、そこで休憩をとることを提案した。
背の高い針葉樹林に囲まれたその場所には、中央に小さな泉がある。泉の畔には腰掛けるのに丁度いい高さの岩が点在していて、アルフはこれ幸いとばかりに腰を下ろした。
「あたしも、ここでご飯食べていい?」
軍から支給された昼食に口をつけていると、目の前にミラが現れた。ファロン博士の命令で、ミラとロバンは王女の行脚に同行してくれているのだ。
アルフが頷くと、彼の隣に腰掛けたミラは、手に持っていたパンを美味しそうに頬張りはじめた。半袖のジャケットから覗く彼女の右腕には、痛々しい火傷の跡がくっきりと残っている。
「生きてるあいだに、ディール山を登れるとは思わなかったなー」
一瞬でパンを平らげたミラは、ショートパンツを穿いた両脚をうんと伸ばした。
王族以外の立ち入りが禁じられているディール山に足を踏み入れたのは、もちろんアルフも初めてだ。
「まさかリサが、王女さまだったなんて……。なんかまだ、信じられないや」
おさげの赤髪を指でくるくるしながら、ミラはリサに視線を向ける。対岸にいる王女は、サウード率いる兵士たちと談笑していた。
兵士の半数以上は女性だ。再びサキュイラに遭遇したとき、やつの眠りの呪いに対抗するため、飛び道具を扱える女性たちが選抜されたのだ。
「……あのね。あたし、アルフに渡したい物があって」
ミラは思い出したようにそう言うと、肩に担いでいた魔石銃を両手で持ち、アルフにそっと渡す。
「アルフ、なんでか分からないけど、サキュイラの呪いが効かなかったでしょ? だから、アルフがこの銃を持ってるいれば、リサを守れる確率がより上がるかなと思ったの」
遺跡ではすんでのところでサキュイラに躱されてしまったが、とんでもないエネルギー爆発を生み出せる一騎当千の銃だ。
「使い方は、普通の銃と同じだから」
ミラは腰に提げている道具袋から弾薬盒を取り出し、アルフに手渡した。
「……ありがとう。恩に着る」
魔石銃の重みを噛み締めるように、アルフは目を閉じる。
民のために命を懸けてくれるリサ王女を、命を懸けて守りたい。――その思いを、ここにいる誰もが共有していた。
「それとね、博士から伝言。『全てのことが片付いたら、ぜひ弟子に来い』だって」
その言伝を聞いたアルフは、ぱっと目を開けて輝かせた。
エネルモアを発つ日、ミラとロバンをアルフたちに託し、研究所に戻っていった博士。彼女からの進言がなければ、王女がこうして暁光の杖を求めることもなかっただろう。
「ロバンから聞いたよ。アルフ、博士のもとで『時間旅行』について学びたいんでしょ?」
「ああ。俺はもともと、そのつもりで理化学省を休職したんだ。リサのせいでだいぶ予定が狂ってしまったが」
空間を自由に移動できる「エヴァン」を作り出したアルフ。彼の次なる夢は、時間を自由に移動することだ。
アルフの夢を聞いたミラは、その場でうんと伸びをすると、右の人差し指を口元に立てる。
「……これ、内緒なんだけど。博士の『時間旅行』の理論は、ほとんど完成の段階まで来てるんだ」
「そうなのか!?」
珍しく語気を強めるアルフに、ミラはふふふと笑った。
「アルフになら、そのヒントをちょっとだけ、教えてもいいって言われてるんだ」
そう言うとミラは、口元で立てていた人差し指をこちらへ伸ばし、アルフが手に持つ弾薬盒をぴんと指差す。
「これ――人工魔石弾が、ヒントということか?」
驚いたアルフは弾薬盒から魔石弾を取り出し、しげしげと眺めた。許容量の限界まで魔力を注入された、人工的に造られた魔石。まさかこれが、時間旅行の鍵となり得るのだろうか。
「人工魔石に魔力を注ぎ続けると、石はそのうち魔力に耐えきれなくなって、とんでもない量のエネルギーを放出しながら爆発する――ってのは、アルフももちろん知ってるよね?」
ミラの問いかけに、アルフは頷く。彼女の作ったこの銃弾も、その原理を応用して作られたものだ。
「実は、石がエネルギーを出して爆発するとき、周囲に時空の『ゆらぎ』みたいなものが発生するんだ。この『ゆらぎ』に飛び込めば、あたしたちは、時間を自由に移動することができるかもしれないんだって」
予想の斜め上をいくその理論に、アルフは琥珀の瞳を見開く。思わず、耳元で揺れる月長石のピアスに触れた。高山の空気に長時間晒されていたそれは、じんわりと冷たい。
「実際、あたしが作ったこの銃弾は、爆発する際に僅かな『ゆらぎ』を発生させることが観測されてるんだ」
魔力爆発と、そこから生じる時間の「ゆらぎ」。ミラの口から飛び出てきた奇想天外なその理論に、アルフの胸はどくどくと高鳴りを打つ。
「……とりあえず、その理論が真実だと仮定しよう。……だが、人が通れるほどの『ゆらぎ』を発生させるとなると、とんでもない量の魔石と爆発が必要なはずだ」
アルフの鋭い指摘に、ミラは「そこなんだ!」と相槌をうつ。
「そういう問題点を解決するために、博士は色々考えてるんだ。まだ実用できる段階とは言えないけど、この旅が終わったら、ぜひ博士の話を聞きに来て!」
ミラの熱量に、アルフは胸をどきどきさせたまま力強く頷いた。空を見上げ、手に持っていた魔石弾を太陽に翳す。
――あの日の夜。王女の手を取ったことで、ミラやロバンと出会えた。ファロン博士との繋がりができて、「時間を旅する」というアルフの夢に一歩近づけた。
自分は、リサに導かれている。
そう思ったアルフは、対岸にいる王女の横顔に視線を向ける。
こちらに気づいたリサと目が合い、アルフは彼女に優しく微笑みかけた。




