第21話 再会<1>
「……どうして、俺たちがここにいると分かった?」
客室の入口に立つサウードに、アルフは恐る恐る問いかける。
――まさかこんなに早く、自分たちの居場所を特定されるとは。
うろたえるアルフは、思わず右耳のピアスに触れた。
それが動揺したときの彼の癖だと知っているサウードは、「あなた、数日前にこの街の銀行でお金を引き出したでしょう?」と冷たい声で告げる。
銀行――エネルモアに来てからの記憶を辿り、アルフははっとした。確かに彼は数日前、銀行に寄ってお金を下ろした。リサと食事をするためだ。
開けっ放しだった木の扉を閉めながら、サウードはなおも冷たい声で続ける。
「各地の銀行に、軍から命令を出しました。『アルフレッド・ティンバーリアの口座で取引があれば、城に連絡するように』と」
そういうことか……。
合点がいったアルフは、苦虫を噛み潰したような表情になった。二人の会話を聞いていたファロン博士が「『天才』らしからぬミスだね」と背後で笑うが、アルフはとても笑う気にはなれない。
「エネルモア銀行から連絡を受けて、私は部下を連れて城を発ち、先程この街に到着しました。そして街の人々から情報を得て、王女様がここに滞在されていると特定しました」
サウードの言葉を聞いたロバンは、窓から外の景色を見下ろす。
「宿屋の外に軍人さんがいる! 七人くらい!」
おそらく、サウードが連れてきた城の兵士たちだ。上司である彼に待機を命じられているのだろう。
「……王女様。こんなところまで来て、この数日間、一体何をされていたのですか」
サウードは主であるリサのもとへ近づくと、彼女の肩にそっと触れる。銀縁眼鏡の奥の細い瞳は怒っているようでもあり、悲しんでいるようでもあった。
「こんなに傷だらけになって……」
彼の言う通り、王女の肌は荒れ、長い丈のスカートから覗く足元は切り傷や擦り傷でいっぱいになっている。
「……心配をかけて、本当にごめんなさい。……でも、わたし、どうしても叶えたい夢があるの。そのために城を出たの」
リサは、頭一つ分高い位置ににある従者の瞳を見つめ、決して視線を逸らさなかった。
「わたし、女王になりたい」
いつかも聞いた台詞だ。
リサのこの願いを初めて聞いたとき、アルフは、研究室のテラスで激しく狼狽えた。春の夜の静寂を一瞬で吹き飛ばした、王女の衝撃発言だった。
だから今、「女王」という言葉を聞いてサウードが驚いたように目を見張った気持ちが、よく分かる。
この国にはずっと、「女王」と呼ばれる者が存在しなかったのだから。
「とても長い話になるのだけど……聞いてちょうだい?」
王女は優美に微笑むと、彼女の心を突き動かす「夢」について、静かに語り始めた。
◇ ◇ ◇
リサが全てを話し終えても、サウードはしばし黙ったまま、部屋の虚空を見つめていた。
女王、魔獣、悪魔、神器。日常ではまず聞かない単語の羅列に、彼の思考が停止するのも無理はない。
「……悪魔族の復活、ですか」
やがて、絞り出したような声で、サウードは独り言ちる。
「悪魔族」――数百年前にこの地に突如現れ、多くの人間の命を奪った悪の生物。その重鎮である夢魔サキュイラが生きており、魔神王を復活させようとしているとなると、軍を束ねる身であるサウードにとって看過できない事態だろう。
「……王女様はこれから、『暁光の杖』を求めて、ディール山に向かわれるということですか?」
従者からの問いに、王女は「ええ」と頷いた。
「いったん城に戻り、軍を連れてディール山を登りたいの。お父さまがわたしに『王家の謎を解き明かすために女王になれ』と言ったことと、『暁光の杖』を手に入れて悪魔を倒すことは、きっと繋がっていると思うから」
王女の切実な訴えを聞き、サウードはきゅっと唇を結ぶ。その眉間には深い皺が寄っていた。
――生真面目なこいつのことだ。きっと激しく反対するんだろう。
そう思っていたアルフは、サウードの口から出てきた「わかりました」という肯定に、自分の耳を一瞬疑った。
「反対、しないの……?」
リサにとっても、従者のその言葉は意外だったようで、彼女は拍子抜けしたような表情になる。
「私は亡き国王陛下から、王女様の行く道をお守りする使命を与えられています。リサ様が『悪魔を倒したい』と望まれるなら、そしてそれが、他ならぬエリック様のお望みでもあるのなら。私があなたに反対する権利など、一つもございません」
言い終わったサウードは、膝をついて頭を垂れた。
「このサウード、命に代えてもあなたを悪魔からお守りします」
亡き国王と、その娘。二人に対する従者の深い忠誠を感じ取り、泉のようなリサの瞳はじわりと潤む。
アルフにとっても、サウードがリサに賛同してくれたことは大きい。彼の剣の腕は一流で、アルフと互角だ。自分と彼がいれば、王女を危険に晒す確率がぐんと減るだろう。
「魔法科学研究所も、王女さまの支援をするよ。さっきも言ったけど、ミラとロバンをお供に連れてやってくれ。きっと役に立つはずだ」
立ち上がったファロン博士も、リサの瞳を見つめて微笑んだ。
――軍と、研究所。二つの組織の信頼を勝ち取ったのは、他でもない、王女の強さと気高さによるものだ。
博士も、サウードも、ミラも、ロバンも――アルフも。この場にいる者はみな、リサ・ディール王女が杖を手にし、悪魔を打ち砕く術を掴み取ることを期待している。
「わたしは……悪魔を倒して、女王になります。暁光の杖を手に入れて、必ず」
涙を拭い捨てそう誓う王女の姿に、アルフの四肢を流れる血潮が激しく猛った。




