4話 道化師共
橘茉莉の記憶の中で、恐らく記憶には存在しているが違う動きをしている男がいる。
そいつはダイブした俺の事を完全に認識して話しかけてきている。明らかに異常だ。
「……なんだお前は」
「嬉しいなぁ!返事をしてもらったよ!私達は道化師。世間では道化師共とか色々呼ばれてるよ」
「そうか、それでその道化師がなぜこちらに干渉できている?」
「答えは簡単だろ?瞳を使った。君と同じね」
「なに?」
ありえない。左目にあるムネモシュネの瞳は特別な遺物だ。
エンシェントリストの遺物に同じ物は存在しない。他の遺物と違い鉄などで作られていない。
観測されていない材質でできている。状態によって素材が変化する為特定できないのだ。
だからこそ危険性が高くリストに載る程の代物とされている。
「腑抜けた顔をしているね。簡単な話だろ?複製品とオリジナルの二つあるってだけさ。複製品は一つしか作れなかったがな」
「リストにある遺物は複製できない。そもそも材料となる素材は存在しない」
「現実として出来ているじゃあないかぁ。君と私が会話しているのがその証拠だ。瞳は記憶を改竄できる。知っているだろ?」
よく知っている。瞳はいわば理の外の存在だ。
ナノマシンのない生体だけの綺麗な体に無理やり入り込める時点でおかしいのだ。
トラウマの治療などに、記憶の書き換えも行った事がある。
水が苦手なら、苦手になったエピソードを書き換える。全く別物にはできないし消せないから
ようするに上書きをする。修正で元の文章を消した後に上から書き換える感じだ。
何処かに元の記憶は保管されている。ふとした時に戻るかもしれないが、大抵は書き換えたままになる。
だが、それはあくまで記憶の書き換えだ。記憶の中に自発的に動くような人物を差し込んだことなどない。
思いつかなかっただけで出来るのかもしれないが……
「……あんまり瞳の事は知らないようだね。まぁいい。君がここに来て私と会ったという事は私は宣言しなければならない」
「宣言?なんのだ?」
「ゲーム開始だよ。世界を変えるゲームさ」
「爆弾を仕掛けた事がゲームだと?」
人間爆弾として人の心臓に爆弾を仕掛ける連中だ。どうせ碌な事を考えてはいない。
満足のいくような答えが返ってくることも期待はしていない。
「そう!君達は私達に爆弾を起爆させなきゃ勝ちというわけだ」
「断る。爆弾の解除方法を教えろ」
「つれないなぁ。それに私は自由に会話できるわけじゃない。決められた事を伝えるだけ。
時間もない。だから――」
――ゲームスタートだ。
男がそう言うとノイズが景色にノイズが走る。
だんだんノイズが大きくなり瞬きをした瞬間に茉莉の記憶の保管庫に戻されてしまった。
「強制的に出された?ここの管理者は?」
図書室の風貌をしている保管庫を見渡すと床に応対してくれた管理者が倒れている。
先程入った記憶を収めた本は白い物から黒い物へと変わっており、鍵までついている。
恐らく締め出された原因がそれだろう。あいつは無理やり記憶に鍵をかけた。
だから急激な変化に対応できず管理者に反動がいった。
「気絶しているだけだな」
近づいて確認をしてみたが気絶しているだけだろう。
問題はないだろうが、しばらくは手伝いを頼めない上に現実でも影響が出てる事だと思い現実へと戻る。
「っ……はぁはぁ……」
思ったより瞳を使用した反動があったみたいだ。
戻ってきた際に鼻血が出てきていることにすぐに気が付いた。
と同時に目の前の彼女が気絶している事にも。やはり現実にも影響は出ていたか。
「くそっ、思ったより悪い状況だな」
「湊。なにがあった?」
「少し待ってくれ……」
気絶した彼女を床に寝かせてから5分ほど体調を整える時間をもらった。
何が起こっているのか自分でもよくわからない。整理する時間が欲しかった。
だが、簡単には伝えて置いたほうが今はいいだろう。
「……犯人が記憶に何かを仕込んだ。もう同じ記憶にダイブはできない。あとゲームを開始すると」
「なんだそれは?それにゲームと――」
叔父が質問をしようとすると店の方から爆発音がする。
通路が爆破されたのか?誰か無理やり入ってきた?
手首のリンクスを捻ってフェルトを出す。
「フェルト。何があった?侵入者か?」
「侵入者ではあるけど、通路までは来てないよ。店が吹き飛ばされちゃったけど」
手首の立体映像のフェルトが指を鳴らすと作業場のモニターに通りの公共用の監視カメラなど
個人用のものまで含めて店を映しているすべてのカメラの映像が切り替わりながら映し出される。
そこには地下への入り口まで吹き飛ばされた店と、ピエロ模様のマスクを着けた男たちが数十人立っている。
ゲームスタートとは言われたが、来るまでが早すぎる。その上なぜ場所まで……
「フェルト、ピエロのマスクを着けた奴の身体的特徴を全員記録しろ。ここから出るぞ」
「りょうかー。時間かかるから後でちゃんとなんでか教えてよねー」
そういうとフェルトの立体映像は消える。
モニターはまだ外の状況を映したままだ。どうやら店先は完全に占拠されているらしい。
地下への扉を開けようとしている奴らと周りに人が近づかないように銃を構えて警戒している奴らで分かれている。
叔父が乗ってきた車も、周りの店も巻き添えで大なり小なり壊れている。
貴重な紙の本も店も吹き飛ばされてはいるが、悲しんでいる場合ではない。
「湊!なんだアイツらは!?」
「アイツらが、爆弾を仕掛けた犯人。道化師共だよ」
「ここにいることがバレてたのか?」
「どうやらそうらしい。早く出ないと」
といってもこっちは一人気絶している。
この爆発音と揺れでも起きなかった。しばらくは背負って行く事になりそうだ。
「叔父さん。もっと奥に脱出用のホバーカーあるからそこまで行こう」
「用意周到だな。アイツらはどうする?」
「どうもできない。武器は……っとこれを持って」
作業場のモニターの裏から拳銃を二つ取り出すと一つを叔父に渡す。
銃といっても殺傷能力はない。気絶させる為の電撃銃だ。
「こんなものまであるのは知らないぞ」
「祖父さんの時はなかったからね。必要になったんだし小言はなしだよ」
「だが……わかった。今はとりあえず脱出を先にしよう」
こんなことに巻き込まれたのだ。礼を言ってもらってもいいぐらいだ。
彼女を叔父に背負わせると車が置いてある奥の部屋へと向かっていく。
店の修繕費は巻き込んだエルピスの都市予算から出してもらおう。
在宅勤務で腰が……